2018年10月14日 (日)

両神山登山と長瀞と川越ぶらり旅

台風銀座は日本列島全体、と言いたいくらい台風の上陸が多かった今年の夏。

台風が近づいている中、唯一の晴れの予報を信じ、最後の夏休み休暇で秩父の両神山に行ってきました。

夜行バスで東京へまず向かったのですが、事故で2時間近く遅れて到着。

池袋を経て西武線で秩父まで。そこから秩父鉄道に乗り換え終点の三峰口へ。

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待ち時間でご当地グルメのみそポテトを食す。

そこから町営バスで1時間ほど。終点の日向大谷の登山口へ。

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渓谷沿いを登っていく感じですね。

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(゚д゚lll)難易度の高い橋だ。

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2時間くらいで清滝小屋に到着。
昔は有人の営業小屋だったそうですが、両神村が小鹿野町に合併された10数年前に無人の避難小屋になったとのこと。この日は登頂後、ここに宿泊。

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元有人小屋なだけあって、水場や綺麗なトイレもあります。

小屋からつづら折りの登りや鎖場をいくつか経て・・・

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両神神社へ

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小屋から1時間ちょいで山頂に到着!

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9月の末は紅葉のはじまりです。

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山並みがいい感じです。

その後、宿代節約のため(!)清滝小屋に宿泊。
天気のいい金曜日なので誰かいるかと思ってたら結局誰も来ず。まあ日帰りできる山かつ翌日は雨予報なんで、いなかったのでしょうね。

けっこう広い山小屋でぼっちで寝るというのはなかなか怖いもんでした。
夜中にミシミシと鳴った音はなんの音だったんだろう・・・。

小屋には昔使用されてた毛布やマットが置かれてたので自己責任で使用すればいいかと。(私は寝袋持参してましたが・・・。)

翌朝は雨の降る前に下山すべしと日の出とともに出発し、帰りのバスに合わせて7時過ぎに下山。

途中乗り換えの道の駅まで客は私ひとりだったようで、運転手のおっちゃんの色々な話を聞かせてもらってました。

再び秩父鉄道に乗り、西武秩父駅前の温泉施設でひとっ風呂浴びて、長瀞へ。

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雨が降ってきましたが・・・。

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レトロな駅。

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地ビール飲んでみました。おいしかったー!

それにしてもここは関東。しかも蕎麦が名物らしく、アレルギー持ちの私には飯が食えねえ!電車の都合もあり、あまり釜飯とか食べる時間もないし、さっと食べられるうどんもあるけど、関東のうどんは関西人の私にはまずくて食べられないので、昼ごはんがこのビールとみそこんにゃくになりました・・・。
。゚(゚´Д`゚)゚。

長瀞から川越に向かい、駅前のホテルへ。

そこから歩いて40分くらいで、有名な川越の街並みへ。

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有名な時の鐘。

雨の夕方ですが、観光客たくさんです。海外の方もいっぱい。名物の芋とか醤油のおやつが売っててみんなそれを買い食いして歩いてました。道路沿いなので交通量もけっこうあるんですね。街並みが丸ごと散歩地区になってて、川のない倉敷みたいなイメージですかね。住んでる人もいるのだろうか。

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入ってないけど素敵なイタリアン。

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菓子屋横丁(?)だっけ。

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2時間弱ぶらぶらしておりました。都心から1時間くらいで来れるので日帰り観光にはもってこいのところですね。

おまけ。

移転前の築地でお寿司を食べて帰りましたよ。

おいしかった~!(´∀`)

場内市場の「おかめ」さん

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こち亀ファンにはおなじみ(?)の勝どき橋。
築地市場の目と鼻の先だったんですね。

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2018年9月24日 (月)

西郷どん「慶喜の首」

眉間にしわを寄せる演技が板についてきた慶喜の中の人。

鳥羽伏見の戦いが始まります。

こう着状態のさなか、吉之助と一蔵は錦の御旗をかかげ、官軍であることを示します。そのため戦意喪失した旧幕府軍は劣勢に。一方吉之助の弟の信吾が銃弾を受け、重傷。

抗戦を主張する家臣をよそに、慶喜は大阪へ密かに脱出。嵐の中、船で命からがら江戸城に帰りつきます。そんな情けない様子をふきにたしなめられます。「西郷さんに謝ればよい」、と。しかしそれを聞き入れることができず、出て行けと言い放つ慶喜。

西郷は徳川を討つ手を緩めず駿府へ。

寛永寺で謹慎をした慶喜は勝に、戦うか折れるかの選択を迫らせます。国内同士で戦うことで異国に乗っ取られる隙を与えてしまうことを誰よりも分かっていた慶喜は、恭順することを選び、勝は山岡鉄舟に託します。

駿府の吉之助を訪れ、江戸への攻撃を止めるよう依頼。しかし、慶喜は信用できないと断ります。しかし聞き入れられなければ切腹するという鉄舟の覚悟を聞いた吉之助は一旦攻撃を保留し、先に江戸に入ります。

そんな吉之助の元を訪れたのは幾島でした。幾島に連れられ、吉之助は篤姫に12年ぶりに対面するのでした。

懐かしい!(´∀`)

さて来週がいよいよ江戸城無血開城ですよ。

歴史上、明治維新が革命ではなく、クーデターと言われる所以でしょうね。

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2018年9月17日 (月)

西郷どん「将軍慶喜」「戦の鬼」

さて、慶喜のごり押しによる長州征伐が行われましたが、薩長同盟により、最新の武器を手にした長州は少ない人数ながら幕府軍を打ち破ります。

その最中、将軍家茂が亡くなり、休戦を余儀なくされます。

そしてとうとう慶喜が将軍になり、幕府の復権を目指し、フランスやイギリスとの接触をはじめます。イギリスに薩摩の一部を与えるような発言をしたことが吉之助の耳に入り、吉之助は慶喜を討つことを決意。裏工作をはじめます。

吉之助は日本を海外に売ろうとしている慶喜が許せなくなってしまったのでありました。

薩摩もなんとかイギリスの協力を得ようとしますが、宴会ばかり開いてイライラするパークス。そこへ吉之助が乗り込み、薩摩の本意を告げます。
ここは大河の主役クオリティ!

そして倒幕の勅命を得るために岩倉らと暗躍しますが、腹心の山内容堂たちに阻止され、さらにその動きを感付いた慶喜は大政奉還に打って出ます。いきなり大政奉還、そして冒頭で将軍になっての大政奉還。
これぞ超高速大政奉還!( ゚д゚)

戦を避けるという慶喜の策だったのです。

なんとしても徳川家を排除しなかれば新国家はできないと判断した吉之助は振り上げた拳を下ろさぬよう、徳川家排除に動き、戦を起そうとしかけます。薩摩藩邸に放火させるという自作自演を部下たちに命じるまでに至るのでした。

そんな様を見て兄の信吾は戦の鬼だと言い放ちます。

どこでそんなブラックに至るきっかけがあったんでしょうかね・・・。
( ゚д゚)
と脚本のアラが気になりますが、近年の大河クオリティがおかしかったということにしておきましょう。

(´∀`)

そんな中、戦に反対だった龍馬が暗殺されてしまいます。袂を別ったまま龍馬との別れになってしまった吉之助だったのです。

しかし、立ち止まることなく、小御所会議で慶喜の処遇についての一進一退をくりかえす中、慶喜排除に反対する山内容堂を暗に刺せと本人の前で一蔵に伝える吉之助。

とにかく徳川を滅ぼすことしか頭になくなるのでありました。

ブラック主人公になってきましたなあ・・・。

ところで薩摩の江戸の撹乱作戦のメンバーの中にはあの赤報隊の相楽総三もいたのでしょうが、モブ扱いでしたね。るろ剣ファンがここ結構注目していたと思うのですが、NHKは分かっとらんねえ。これはまさに明治維新の影の部分ですたい。

(´Д⊂ヽ

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西郷どん「薩長同盟」「糸の誓い」

長州征伐に執念を燃やす慶喜が再び長州征伐の勅命をとりつけます。

国内で争うことは義がないと思った薩摩は吉之助の進言により出兵を拒否する姿勢を打ち出します。そして長州との同盟を再び目指し、坂本龍馬に再び仲介を依頼します。

中立の立場で武器や食糧の提供という条件を桂に持ちかけるのです。

どっちが先に同盟を言い出すかの探り合いの中、小松帯刀の屋敷で薩長両方の代表が集まります。長州に先に言わせるまで待てという命令を無視した吉之助の。゚(゚´Д`゚)゚。落とし作戦により、薩長同盟は結ばれたのでありました・・・。

薩長同盟後、寺田屋で襲われた龍馬をかくまうため、西郷家にやってきた龍馬とその妻お龍。日本初の新婚旅行です。

結婚後ようやく家に戻ってきた吉之助を迎える糸どん。

お龍の一途さに動かされた糸どんは、思いきって愛加那のことを吉之助に尋ねます。聞きたくて聞けなかったことをようやく聞くことができて、妻として支える覚悟が整ったのでありました。そしてめでたくご懐妊。子どもができないと思っていたところにこれはめでたいお知らせでした。

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西郷どん「怪人岩倉具視」「龍馬との約束」

朝廷工作の協力者を得るため、訪ねた相手は都を追放された公家の岩倉具視。

罠だらけの家で自炊をして生活していました。

っていうか鶴瓶さんそのまんまやないかい!

( ゚д゚)

幕府を倒して新たな政権を考えはじめた吉之助は協力を得ようとしますが、追放されてくさっている岩倉はもうダメな大人。
一蔵にお金を無心するし、賭場を開いて小銭稼ぎ・・・。

しかしそこへ現れたのは禁門の変で都を追われた桂小五郎。裏切った薩摩に対し恨みをぶつけます。一色即発状態というかいきなり抜刀しての決闘もどきをなんとか岩倉によってとりなし、彼は去っていきます。

吉之助はそんな中、長州と結ぶことを考えはじめていたのでした。

そして坂本龍馬とともに薩摩に戻った吉之助は、その考えを共有します。

日本の雨漏りを直すため、薩長同盟を模索するわけですが、反対者も多く。

なんとか下関で桂小五郎と会う手筈になったのですが、急きょ長州征伐ののめ命令で京へ行かざるを得なくなります。
海江田に伝言を託したはずが、反対の海江田はそれを実行せず、待ちぼうけをくらった桂は怒って帰ってしまいます。

龍馬に約束違反を攻められますが、吉之助は薩長同盟を諦めはしませんでした。

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2018年8月20日 (月)

台湾旅行2泊3日その2

台湾旅行続き。

2日目以降はノープラン。

とりあえず朝ご飯。

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甘い豆乳と揚げパンの包み焼き?など頂きます。他にももち米を卵?で包んだやつなどボリューム満点でお腹いっぱい。そして安い!

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MRTと台湾鉄道を乗り継ぎ、港町の基隆へ

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和平島公園。
海水を引き込んだプールがあるため地元の人が多かったですね。

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アジアのカッパドキアその2と呼ばれてるとか。
本家のカッパドキアと地質が同じようになってるらしいとかなんとか。

その後は再び台北に戻り食べ歩き。

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ちなみに電車に乗ったときの切符は今年から回収されないらしいです。
しかし安いなー。

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豆腐にマンゴーかけたやつ。あっさりしておいしいです。

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有名な小籠包の店、鼎泰豐。
2時間待ちでしたよ。

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ちなみに行ったのはそごう店。
美味しかったです。思ってたよりすごい勢いで注文したものが出てきました。多分ずっと蒸してんでしょうね。

最終日は猫空ゴンドラへ。

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足元が透けて見えますねん。
誰だこんなん考えたやつは!ヽ(`Д´#)ノ ムキー!!
(高所恐怖症なのですが連行されました。)

運行開始時刻丁度くらいに行ったのでそう待たずに乗れましたが、休日は長蛇の列らしいです。何事も朝早くの行動が大事だと思いました。。

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景色はよかったです・・・。
台北101は登らなかったな・・・。

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お茶の産地らしいです。

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台北に戻り今度はかき氷やらタピオカミルクティーやら食しました。

その後、そろそろ帰国の準備を、とホテルへ向かう途中事件は起こりました。

後ろから来たバイクにはねられました。

。゚(゚´Д`゚)゚。<痛いよー

幸い手を擦りむいて、膝を打っただけで済みましたが、アジアの交通事情の厳しさを体現しましたよ・・・。

そんなこんなで帰国の途に。
空港へ2時間前に到着。

・・・混んでますなあ・・・チェックインも長蛇の列。

まあチェックインさえしてれば大丈夫っしょ!
(´∀`)
土産物屋の多い第2ターミナルへ移動し、うろうろ。
30分前に搭乗口へ行けば、と思ってたら・・・。

無茶苦茶混んでました。

Σ(゚д゚lll)ガーン

とにかく人・人!
出国はパスポートと指紋を機械に通すだけなのですが、結構前の人がモタついたりして、刻一刻と時間は過ぎて行きます。

・・・ヤバイ・・・

6時半の便に乗らなければいけないのに、10分前にやっと入国通過!
とにかく搭乗口へ!すぐそこのハズ・・・

・・・ではありませんでした。

。゚(゚´Д`゚)゚。

とにかく遠い!
数百メートルはあったのではなかろうか。

ひたすら空港を全速力で走り、出発5分前にようやく到着。
(この旅行2回目の猛ダッシュ)

やっときやがったか!という乗務員さんたちの冷たい視線を受けなんとか間に合いました。(ーー;
国際線なのに5分前でよく乗せてくれたと思います。特にLCCは厳しいらしく、普通なら乗せてくれないと思います。もうしわけございません。

桃園国際空港の混雑と広さを甘く見ていました。
まさかここまでとは・・・。

みなさんも行かれるときは気をつけてくださいましね。

最終日にネタがいっぱいの台湾弾丸旅行でした。

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おまけ
空港のフードコートでこっそり食べた牛肉麺。
美味しかった!こんなことしてるから間に合わなかったかも・・・とほほ。

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台湾旅行2泊3日その1

夏休みの弾丸旅行。

今回は職場の人と女4人で台湾へ。

例の如く飛行機とホテルだけとって行くという無茶な行程。まあ近くだし、日本人多いしなんとかなるでしょう、とのことで。

関空発のLCCのピーチで3時間弱。

ピーチだけ第2ターミナルなんですね。知らずにいつもの第1ターミナルに行ってはいけません。シャトルバスが出てるとはいえ、結構離れてたりします。

朝8時半の便に乗り、定刻通り桃園国際空港に10時15分着。到着するなり入国審査は長蛇の列。まあ混雑しているという話を聞いてたのでこれは想定内でした。30分程でようやく入国。
が、この読みは帰国のときに大変な目に合うのでありました。
。゚(゚´Д`゚)゚。

やたら手慣れている台湾銀行で両替を済ませ、台北市内へ向かいます。

13時から十分と九分のツアーに申し込んでるので、それまでにホテルに荷物を預けて待ち合わせ場所へ行かねばなりません。お昼を食べて丁度くらいかと思ってたら時間がなく。

というのも、近年開通したMRTでなんとか台北駅に着いたものの、そこからホテルまでの最寄り駅へ行く地下鉄の線がかなり離れており、想定外!移動に時間がかかり、結局ホテルに荷物を預けれたのは12時半過ぎ!

お昼ごはん抜きでツアーに行く羽目に。
。゚(゚´Д`゚)゚。<腹減ったよー

たどたどしい日本語をあやつるガイドさん(苦笑)の案内でバスで十分まで。

それにしても暑い!

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1時間ほどで十分瀑布に。
途中スコールが降って、湿度100%近くまでだったのではなかろうか。

(´∀`)<白糸の滝のほうが水がきれい

・・・という感想。
(丁度一年前に同じメンバーで行ってるだけに)

で、次は十分名物天燈上げ。

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願い事を書いて空に上げるあれです。

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我々も好き勝手書きました。(内容は推して知るべし)

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線路の上なので電車が来ます。
どけどけい~!

それにしても平日といえど夏休みシーズン。
人が多い。
そして・・・暑い・・・。

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てなわけではじめての台湾食。
ピーナッツアイス。
パクチーとか入れてくれますが嫌いな人は抜いてもらえます。
まあ、私は平気なのでフツーに美味しかったです。

これがお昼ごはん代わり・・・。

ほうぼうに落下しているランタンを見なかったことにし、台湾といえば・・・な観光地九分へ。

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有名な風景ですな。
金曜の夕方ですが、とにかく人が一杯です。

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ガイドさんのはからいで、お茶屋さんに入りお茶を頂きます。
お茶菓子もついて300元。観光客料金です。
しかし、やっとここで一息って感じです。
冷たいのと温かいのが選べますが、暑くて冷たいのを選びました。

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日が暮れるといい感じになってきますね。

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呼んでいる~胸の~どこか奥で~♪
(やたらカオナシのグッズが売ってました。)
某神隠しアニメのモデルと言われてますな。

そしてぶらぶらしてると、なんかパッカー車がやってきて、狭い路地をかけぬけてゴミを回収していきます。

((;゚Д゚))

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イニシャルDどころじゃないで。
パッカー車に追い立てられ、九分の外れにまで行ってしまった我々は、集合時間に間に合うため猛ダッシュ。(この旅1回目)

そんなこんなで台北に戻ってきます。

お茶菓子とアイスくらいしか食べてない我々は台北最大の夜市の士林夜市へ。

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いやーぎらぎらしてます。

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なんか色々と爆食い。↑は店のおばちゃんがハオツ―というので勧められるがまま食べたら美味しかったです。似てるけどよくある空心菜ではないんですよね。まあ美味しければなんでもいいのだ。

(´∀`)




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2018年8月 6日 (月)

西郷どん「三度目の結婚」

タイトルどおり。

以上!

というのもなんなので。(笑)

鹿児島に凱旋した吉之助には早く嫁を迎えろとの家族や仲間のせっつきが。

西郷家には弟吉二郎にAKBの嫁が来ていますが、島の恩人?川口雪峯さんまで食客としてやってきて家事が回らずてんてこまい。手伝いが欲しいだけだろうよう。

(;´Д`)

別に嫁はいらん、と奄美の愛加那を思い断る吉之助ですが、一蔵どんの妻、満寿さんのおせっかい?で、出戻っていた糸さんを吉之助に引き合わせます。

しかし、自分は吉之助にはふさわしくない、と固辞しますが、吉之助は昔から知る糸どんなら自分のやりたいことを分かってくれるので嫁にきてくれといいます。

一旦断る糸さんですが、お父さんの言葉もあり、吉之助の妻になることを受けます。

・・・まあ幼馴染設定は年齢的に厳しいものがありますがね。(実際は一回り以上の年の差なんだとか。)

めでたしめでたし。

そんな中で吉之助は慶喜と袂を分かち、討幕へと傾いていき、一蔵どんにも協力を要請しますが、今の薩摩の立場でそんなことはできないと断ります。

あとは薩摩の国父様に嘘泣きする吉之助とそれをおろおろ見る国父様がステキでした。

久光様がこのドラマ一の癒しキャラでごわすw

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2018年8月 2日 (木)

西郷どん「勝と龍馬」

幕末の二大スターとの出会いです。

前は優柔不断ないい人殿さま景勝だった人と、吉田松陰先生ですかね?(中の人ネタ)

禁門の変は長州の敗北に終わりましたが、徹底的に長州藩を叩き潰せという帝の命令により、慶喜はそれを吉之助に命じます。

と、いうのも海軍の幕臣勝が慶喜の命に従わず、吉之助が直接会って交渉しましたが、そんな幕府つぶしちまえと言う始末。そこへ勝の弟子として、吉之助をニセモノ呼ばわりするチンピラ風味な坂本龍馬とも出会いました。

できれば寛大な処分を、と考えた吉之助は単身、長州の重臣と話をし、責任者の切腹で話を終わらせ、攻め込むことはしませんでした。
しかし慶喜の意図を汲んでいないその処分、慶喜はそんな処分では生ぬるいと叱責します。

そんな慶喜に吉之助は幕府を守ることしか考えてないと言い放ち、慶喜との絆を断つことを宣言して出て行きます。

勝との出会いから、倒幕に傾いていくのでありました。

・・・今回、大河の禁断の台詞「戦はやめてください」(ふきどん)を出してしまいましたね・・。

ヽ(・∀・ )ノ キャッ キャッ

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2018年7月28日 (土)

畑薙ダムから光岳リベンジ

7月といえば山の季節!

ということで久しぶりの2泊3日の山行をしました。

実は4月に光岳を長野側から登って雪と足の痛みに耐えられず、敗退したという苦い思い出がありまして、今回リベンジということで行ってきました。

今度は静岡側から登ることにして、テン泊の体力を考え、登山口までは電車とバスで行きました。まずは静岡まで新幹線で行き、そこから夏季限定の登山バスで3時間、畑薙ダムまで。

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数年前にも聖や赤石を登るためにやってきました。

光岳には畑薙つり橋から茶臼岳を経由してのコース。まずはダムから1時間の徒歩が待ってます。これが何気につらい・・・。

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これが吊橋。これだけ見に来る人もいるそうな。200m弱あるらしく、たしかに怖いし、すれ違いはできないですね。しかも風が結構吹いてたもんだから恐怖倍増。
(;゚ Д゚)

ところで、ここへ着いたのはすでに14時を回っており、宿泊予定地の横窪沢まで3時間くらいという。日が暮れるまでに辿りつかねば。

ちなみにこの橋を渡ってすぐに急登!

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ほんとにヤレヤレだよ。ここからは沢沿いの起伏の少ない道を歩いていきます。

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多少不安なつり橋を4つほど渡っていきます。それにしても水がきれいです!
無人のウソッコ沢小屋を通過したら、そこからは急な登りが復活し、何度か梯子を登ってようやっと到着したのが横窪沢。橋から3時間近くかかったのではなかろうか。

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ここを下ると小屋です。

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横窪沢小屋。オーナー一人で切り盛りしてるとか。
流石に南アルプス、人が少なく、テン場は選び放題。3人でした。
トイレも綺麗で沢も近く水が豊富なのでこの山小屋は穴場だと思います。
オーナーがよかったら飲みにおいでよ、と声かけしてくれたのですが、疲れて寝てしまいました。(^^;

翌朝5時に茶臼に向けて出発。こっからが長丁場。なにせ茶臼にテントをデポして、そこから光岳ピストンを考えております。

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横窪沢からはひたすらつづら折りの急な登りが続きます。
久しぶりのテント背負ってのこの登りは応えましたよ。
。゚(゚´Д`゚)゚。

へろへろしながら2時間半で茶臼に到着。

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小屋の前がテン場でここも空いてます。
そして沢もあって水は豊富。
南アはこれがありがたいですね。

テントを張って1時間ほど。8時半にここから水と食料、合羽、念のためのヘッドランプを持って光岳へ出発。コースタイムは12時間程になってますが、荷物軽くしたので10時間くらいで戻ってこれるだろうという計算です。

小屋から20分ほど登ると稜線に出ます。

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聖岳とかがよく見えます。南アルプスの稜線はいいですねー。

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茶臼登頂!

ここからは稜線沿いを登ったり下ったりして易老岳方面へ。

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途中木道ゾーンがあります。

行きは光岳との高低差から緩やかにくだるのですが、帰りは登り返しになることを思うと。

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樹林帯を抜け、枯れ沢の急登を1時間ほど登れば、静高平の水場が待ってます。
枯れることもあるそうですが、このときは2箇所からこんこんと出てました。やはり水場があるのはありがたい!さすがにここまで来ると行動時間は8時間近くになり、へろへろの極み。しかも同じ道を帰らなければならないのが憂鬱。
すれ違う人に小屋泊まりちゃうんかい!Σ(゚д゚)
・・・と突っ込まれました。。。

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木道が現れたら光小屋はもうすぐだ!

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到着!・・・が山頂はまだここから15分ほど。

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横窪沢を出て8時間、やっと辿りついたよ。
山頂は樹林帯の中にあり、ここから10m先に展望台があります。

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あれが光石。

午後になり、ガスってきたので時間もあるのでせっかくですが名残惜しく撤収。
いやーほんと遠かった・・・。

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また易老岳に戻ります。

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ちなみにこれが4月の同じ場所。
雪で埋まってます。

やはり帰りは登り返しがつらい・・・。足も痛くなってきましたし、腹も減ってきました。
豆大福とウィーダーインゼリー、ドライフルーツとナッツでは厳しい。

薄暗くなってきてガスも発生し、間違って仁田岳に登るというボケもかまし。

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18時半になんとか茶臼へ帰還。
あたりは白くて何も見えねーよ!
ヽ(`Д´#)ノ ムキー!!

で、ご飯食べてすぐ寝ました。

翌朝。

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富士山とご来光!晴れてよかった。
茶臼小屋から富士山がよく見えるんですよ。

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ちょっと朝に歩いて上河内岳の麓まで。帰りに温泉に寄ること考えると登る時間がなかったです。いつかは登りたいですね。

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また来たいです。

・・・しかし、季節がらアブが多かった・・・ずっとぶんぶん飛んでくるんでハッカ油とかあればよかったかなーと思いました。

ひたすら下ること4時間で、畑薙つり橋に帰還。

バスの時刻は14時半、到着は11時半前。

一番近くの温泉まで6kmほど歩きましたよ。


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登山者のためにあるような温泉!
下山後の温泉は格別ですわ。

流石にここまで歩くと足も痛くてしんどいのでダムからタクシーを呼んで温泉まで行こうと思ったんですが、携帯の電波は通じず、公衆電話もカード専用と踏んだり蹴ったり。(笑)あきらめて歩いてたら、途中の東海フォレストバス乗り場の人たちが、「テントは置いといてあとで来るバスに乗せとくわ~(´∀`)」というありがたい申し出を受け、温泉までは着替えだけ持って歩くことになり助かりました。冷たいお茶まで頂きありがたかったです!

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鹿刺定食。馬刺しみたいです。

おまけ、静岡おでん。(井川駅にて)

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ちなみに写真はありませんが、名古屋の駅で行きと帰りの2回きしめんを食べてます。

名古屋駅のきしめんはおいしくて有名なんですよねー。
電車に乗らないと食べれないので、最近車で山に行くことが多く、久々の対面でした。

てなわけで登山旅でした。





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