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2006年2月15日 (水)

自己分析の愚痴。

何社か出そうとしているエントリーシートの自己分析ができない・・・。

思うんだけど、就職活動の自己分析って意味ないと思うんだけど。自分で自分のことをこう思ってると言ってもそれは自分の思い込みだけだったりして、他人の目に映る自分は全く違うキャラクターだったりすることもままあるわけだし。自分のことを分かっているかを試すにしても、それで採用するほうにとって使える人間であるかどうかを分かる指針になるのだろうか?徹底した客観視を図っているだけなんだろうか?

会社の採用で落ちたときや、内定が出されたとき、せめて何故落ちたか、何故採用されたかを明確に教えてくれと訴える学生が多いという記事を何かで読んだけどまさにその通りで、こういう不明確な人材選定が、採用されても結局その会社に不適合で退職→NEET化という悪循環に陥っている気がする。正直学生なんてみんな似たり寄ったりで一回全員採用してしまってそれから使える人を選んでいけばいいのではないだろうか。

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コメント

りん嬢~~!
元気?
エントリーだNEET増加だという話は、自分も就職では苦労しただけに我が事のように身につまされます・・。

人材選定が実質に照らして不明確だったり、みんな採用してから、使える奴だけ残せばいいのに、ってのはそのとおりだと思います。
でも、企業の採用担当もサラリーマンなんです。失敗は絶対に避けたいのです。リストラばやりの昨今とはいえ、人を一人雇うのは福利厚生も含め、会社に大きな負担がかかる行為なのです。
だから極端な言い方をすると、彼らも本当に中身が良い人材かどうかより、この人は誰が見ても使える、いう確かなスペックがあり、万一ダメな奴だった場合でも、「スペック上は予測不能だった」と言い訳できるよな人材を求めるような向きがあります。

それが年齢に応じた実務年数であったり、今までに同種の仕事で成し遂げた実績だったり、あるいは学校出たばっかりのまっさらで給料の安い若者なのです。
これはエントリーシート出して、試験受けて、
面接して・・というそのセレクションをくぐる限り、そのパターンから逃れられないと思います。セレクション自体にも人件費はじめ、お金掛ってますから。
だから、新卒、あるいは実務経験をフルに積んできた人々はセレクションでいいとしても、それ以外の人々は同じ土俵に立ってしまうと、正当な評価を得られないと思います。毎年若い人材は出てくるし、実績豊富なベテランもリストラされてやっぱり出てくるのです。

でも・・一方で景気もすごい勢いで戻ってきた今、企業側も有能な人は欲しいはずなのです。
私が今振り返って思うのは、とにかく自分の特徴は何か目指す物は何か、を認識して、その方面でバイトでも契約社員でも居候でもいいから、実務の中で生きることです。弁護士や医者なら資格や勉強もアリかもですが、会社員である限りは、とにかく形に拘らず、望んでいる組織もしくは少しでも近い所に早く入り込んでしまうことです。実務がそのまま、その次への就職活動であり、最もダイレクトなアピールになるのです。日本のこの硬直した人材選別採用システムの中では、こちらの方から入りこんで行ってやらないとダメです。組織としての有名さや肩書きだけに拘らず、実質的に力を持った人々の居る組織にこだわって属せば運は自ずと開けると思います。

投稿: TAKE | 2006年2月21日 (火) 22時23分

貴重なご意見・アドバイスありがとうございます。

一旦全員採用は物理的に無理だとは思うのですが、

>この人は誰が見ても使える、いう確かなスペック

↑この基準が曖昧だから就職活動者にとっては精神的につらいんですよね。受験とは違って間違ったところが分からないから次につなげることができない。たとえ最終面接までいっても落とされれば落ちたは落ちただからそれまでは全くの時間の無駄。それが社会というものだといってしまえばそれまでですが。

採用されたらされたで、自分が合格した理由がわかれば、組織の中での自分の生かし方も分かるってもんで、組織への適応がスムーズにいくと思うんですけどね。

投稿: rin2@管理人 | 2006年2月24日 (金) 09時37分

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