« にくとてつやうたかいとさくら | トップページ | 花祭りの週 »

2009年4月 8日 (水)

歴史は続いていく

しらんまに「その時歴史が動いた」が終わって「歴史秘話ヒストリア」になっておりました。
まあ中身は同じ歴史番組ということで、松平アナがあゆさんに代わっただけで、あまり変化はないですが、篤姫から増えてきたひそかな歴史番組ブームの中で歴史番組枠はNHKの得意分野として、そして大河ドラマの宣伝枠として残っていくんでしょうね。

その時歴史が~を見て一番インパクトがあったのは2005年放送の「民を救った義士たちの物語 ~宝暦の治水・薩摩藩士の苦闘~」でした。堤防工事にかける薩摩藩の面々にすごく感動しましたよ。歴史の面白さや感動は政治劇や戦乱だけではないと思いました。

で、後番組の一回目は北条政子と源頼朝夫妻の夫婦ゲンカて。どういうセンスしてるんでしょうか。使い古されたネタやん。うわなり打ちなんかちょっと歴史好きな人ならみんな知ってるでしょうし。まあ古代から中世封建制度への転換という位置づけで考えるならどちらも日本史でも五指に入るべきかつ世界史的に見ても重要な人物たちなのに、何故か人気がないという。(笑)

まあ戦国や幕末人気にはどうあっても鎌倉時代は勝てないからいいんですが。
(´・ω・`)
鎌倉仲間(屮゚Д゚)屮 カモーン

ちなみに私の卒論は江戸時代というたいそうな矛盾は無視してください。

・・・ギターとピアノの練習しないといけないのに、ヲタ話かいてて時間がねえ。

|

« にくとてつやうたかいとさくら | トップページ | 花祭りの週 »

コメント

宝暦の治水…。
違ってたらごめんなんだけど、
私の地元の木曾三川の工事じゃなかったっけ…。確か、薩摩藩の人がめっちゃ頑張ってくれたけど、最後はあまりの犠牲の多さに
監督役の人が責任を取って…という…。
道徳か社会の教科書に載っていた様な気がする。

投稿: なおっぺ | 2009年4月 8日 (水) 22時24分

うわなり打ちって何ですか?

投稿: うぇた | 2009年4月 9日 (木) 10時11分

>なおっぺさん
ご名答!そうです。
そういえば地元でしたよね。
戦いではなくとも武士の生き様が
心を打ちました。

>うぇたどの
>>うわなり打ち
昔の風習で、妻が夫の浮気相手の
家をぶち壊しにいくというイベントです。仲間を連れていつ破壊にいくか
予告できるし、壊されるほうも反撃
できるとゆールールがあります。
あーすっきりって感じですね。

投稿: rin2@ひさぽん | 2009年4月 9日 (木) 22時57分

HINAKAです。

smileひさぽん様

鎌倉時代、特に源頼朝&北条政子ファンの、同士としてはやはり一言あるべきかと……。

特に、以前話題に出た東国武士政権女性政治家代表の御存じ《北条政子》に対して、西国貴族政権女性政治家代表(だけどほとんど無名)後白河法皇更衣(愛人でも当時は当たり前・出家した法皇が妃を持てるはずもない!)《高階栄子》の、それぞれ夫の影に隠れて?丁々発止の、交渉と政治闘争は女性マンガ家で、日本女性の歴史と在り方における、人間ドラマを描かせたら、右に出る者が居ない!?と、個人的に思っている《市川ジュン》氏の描くところのその個人の生き様と、歴史的な意義!存在感!!

北条政子は夫・頼朝が鎌倉に拠点を移して以来、最初で最後の出陣であり、東国支配の総仕上げでもあった(秀吉の北条攻めに似てますネ)奥州藤原氏討伐のため自ら出陣(頼朝は、常に鎌倉から一歩も出ずに、戦闘指揮を執った……事が、後世の評判を悪くした!?)すると、何と身重の体で日本で最初で最後の城塞都市、鎌倉のシンボル鶴ヶ丘八幡宮への百日参りを敢行!

しかも当初は、随行者が数人(しかも全員、身内が出陣している女性)だけという、後の歴史には有り得ないような、気さくで身軽な行動。
彼女曰く「この鎌倉を1人で歩けずして、何が武家の頭領の女房よ!」と言って、警護の武士を下がらせたとか……。
この行為に、我も参じる女性達の数が日々増え、いわば女性達による戦勝と、身内の無事の帰還を祈る、大行進となったそうです。
同時に政子は、公式の行事や儀式の場に、招かれた武将は正夫人同伴を義務付けた、日本で最初で最後の女性政治家とか……。

この当時、関東以北の東国では女性にも家督を継ぐ権利があり、財産も所有し、自分から夫を離婚する事も出来れば、夫の不倫?を訴えたり、愛人宅を双方合意のもとで、襲撃して家屋を破壊したり(「うらなり討ち」です)、常に正夫人の義務と権利と覚悟を、武士の妻の当然のたしなみとして、身に付けていたそうです。
市川氏によれば、鎌倉時代から戦国時代までの女性の地位は、決して低くなく、その影響力は絶大(NHK大河ドラマでも、「(前田)利家とまつ)」や「(山内)和豊の妻」で戦国時代の女性は、夫の留守の城を自ら武装して守った事などが、語られています)だったと言われています。

この辺の、いわばウーマンリブ的存在が、幕藩体制が固まった江戸時代には煩わしく、ちょうど幕府が公式に認めた朱子学が儒教系だったために、女性嫌いだった孔子様の(1つには、理屈ばかりで、何もしない孔子は、若い頃から女性には振られたり、騙されたりばかりだったせいだ!とも、言われていますが……)の影響で、儒教の徹底的な男尊女卑思想が影響し、「女大学」などが編まれる結果となり、再び女性が歴史の表舞台に立つ為には、大正時代まで待たなくてはなりませんでした。

ヤバイ!大好きな《高階栄子》に触れる余裕が、無くなってしまいました!!
最後に、頼朝&政子を初めとする鎌倉時代の物語が、今ひとつ人気がないのは、江戸時代以降講談などで、時の権力や世相にそぐわない物語を、語り聞かせる事も、読み物として書く事も出来ず、せいぜいが判官贔屓の「義経逃避行」やその前の華やかな、「義経戦記」ばかりが強調された結果、その義経を翻弄した歴史的な存在なハズの頼朝&政子が必然的に悪役の立場に、置かれたという文化的な経緯もあるようです。

いけませんねェ~、この話題になると、尽きません!
長文御無礼、これにて失礼!!

投稿: HINAKA | 2009年4月11日 (土) 12時59分

>HINAKAさん
語りありがとうございます!
全くかまいませんので、
むしろ喜んでます。(笑)

確かに江戸時代の儒学思想が
社会全体に浸透していた時期が
長かったせいでどうしても政治に
出てきた女性は天皇を除いて
「女が何を~」ってな感じで
よく書かれておりませんね。

頼朝と政子ですが、どうしても
悲劇の敗者義経との対比で悪役
にされてしまうのは、日本人が
滅びの美学が好きなことが
大きいでしょうが。。。

平安~鎌倉時代の女性の活躍って
探せば探すほど江戸期に作られた
イメージをひっくり返すエピソード
が多く、まだまだ掘り返す余地のある
時代ですね。

余談ですが、今の大河ドラマの
「天地人」主役の直江兼続の妻
お船は上杉家の「北条政子」と
言われた女傑だったそうですね。

投稿: rin2@ひさぽん | 2009年4月12日 (日) 11時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/127690/44608376

この記事へのトラックバック一覧です: 歴史は続いていく:

» 『燁輝妃』、市川ジュンの隠れた傑作! [『あんのん』ブログ・HINAKAの雑記です!]
『燁輝妃(ようきひ)』さて、こう読める人は、どれくらいいるでしょう? とてつもなく圧倒的に、マンガ家「市川ジュン」の大ファンです! この部分を外すと、以下の独断と偏見に満ちた記事を、大袈裟すぎると受け取られ兼ねないと思うからです。 先ず基本から、マンガ家「市川ジュン」の代表作といえば、現在は以下の市販されている文庫版『陽の末裔(ひのまつえい)』でしょう。 何しろ、大学の授業やゼミで「大正末期から昭和初期に至る、女性解放運動に関する最高の副読本」という扱いを受けているくらいです。 ちなみに個... [続きを読む]

受信: 2009年4月11日 (土) 13時03分

« にくとてつやうたかいとさくら | トップページ | 花祭りの週 »