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2010年1月31日 (日)

龍馬伝「黒船と剣」

ペリーがやってきた!

黒船を見て剣の修行に意味があるのかと悩む龍馬。

そんな悩みを千葉定吉御大がようやくご披露された殺陣を前に見透かされ、こともあろうに

「剣を学んでなんになりますん?」

と叫んでしまいます。

ええ、その気持ちなんとなく分かりますよ。得体の知れない大きなものを見て、それと自分の現状を比べていらだつ気持ちが。

思わず言ってしまったことの軽率さに悔やむ龍馬でありました。

それにしても今回も家定様はアヒルをおっかけておられました。笑
この設定は当分引き継がれていくのでしょうか。

一方土佐では藩主山内豊信に抜擢された吉田東洋が登場します。再生の街を見てたからか、なんとなく山内の殿様が悪徳市議会議長に見えてしまいまっす。

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コメント

>「剣を学んで何になりますん?」
御大を前に何と命知らずな
というか不敬罪ですよ

とりあえず殺陣も見られたしアヒルも見られたし満足です

こっから先は篤姫と登場人物がじゃんじゃんかぶるんで見比べるのが楽しみですね

投稿: | 2010年2月 2日 (火) 21時42分

>ななしさん
らむねどのか?
>>篤姫とかぶる
そうですね。時代がほぼ一緒だし、
小松さんは絶対に出てくると思いますが、
ちなみに篤姫は出てくるのかな?

投稿: rin2@休み | 2010年2月 2日 (火) 23時44分

>>ななし
すいません
名乗るの忘れてました
らむねでござりまする

>篤姫
難しそうですね~
あまりにもイメージの違う
勝先生は出てくるのに(笑)

投稿: らむね | 2010年2月 3日 (水) 00時37分

>らむねどの
勝先生の中の人は若かったら
龍馬やりたかったですじゃろね~。

勝先生は大昔、去年の徳川家康が
主演されましたそうです。
大河になってたという。

投稿: rin2@休み | 2010年2月 4日 (木) 06時57分

>去年の徳川家康
知りませんでした
あの方も手広いですね~
北町奉行イメージしかなかったので
去年は認識を改めさせられました
(でも家康公が時々手にしていた胡桃は間違いなく金さんの武器!)

>勝先生の中の人
龍馬の「先生」になれたからよかったんじゃないかと思います
金曜八時ではなく日曜八時ですが是非とも得意の先生ぶりを発揮してほしいです

投稿: らむね | 2010年2月 4日 (木) 18時27分

>らむねどの
くるみちゃん。
おお、そうですねっ!

>>日曜八時
そういえば、「辻」にも
ご出演されたときは延々と山内の家紋の
由来の講釈をなされておりましたな。
「坂本君、今の日本では・・」
とか言いそう。

投稿: rin2@休み | 2010年2月 6日 (土) 09時36分

HINAKAです。

ひさぽん様

土佐藩主、山内豊信は当初尊王攘夷派ではありますが、吉田東洋らの若手改革派を登用して、藩内の混乱を収拾しようとしますが、安政の大獄で態度を一変。
それまで重用していた、吉田東洋らを投獄し、藩内の若手攘夷派を尊皇倒幕関係なく、一掃しようとします。この結果、竜馬達多くの、土佐藩の若手尊王攘夷派が脱藩し、結果として後の倒幕の志士となるのですから、歴史は面白いと思います。

という訳で、今回の土佐藩主が悪徳市議会議長に被るのは当然?(保身第一主義)かも知れません。
ただ、歴史ミステリーなんですが、何でいつの間にか攘夷=外国人を追い払い鎖国政策を続けるが、倒幕開国(そもそも開国したのは幕府、反対者に安政の大獄)へと宗旨替えをしたのか?

倒幕への流れを決めた?と言われる、桜田門外の変は、水戸攘夷派による開国推進者(かなり問題はありますが)大老井伊直弼の暗殺です……。
毎度この辺で、悩むんですよねェ~。
勝海舟みたいに、最初から開国主義で天皇を中心とする大名貴族政治みたいなモノで、取り敢えず外国と対等に交渉しようというのならば、わかるのですが……。

結局、勝の本領は旗本として、主君と主家徳川慶喜と徳川家の安泰。
が、大仕事になった事も、結果としては皮肉ですが……何の事はない、先進の改革主義者が、実はバリバリの忠臣だった訳です。

本当にこの辺、何かもう図式説明が、欲しくなりますが、いかがですか?

投稿: HINAKA | 2010年2月 6日 (土) 19時52分

>HINAKAさま
う~ん、幕末はややっこしい時代ですよね。戦国時代みたいな単純明快さがないというか。

無理くり図式を考えてみると
1.攘夷
2.開国
3.公武合体もしくは倒幕

当時に名を残した人はすべてこのルートで
3の時点で分かれ道、ということに
なるような気がします。
ほとんどの人物が攘夷から入って、
やがて情勢(薩英戦争など)から
開国論に転じて日本の国力増強へ向かう
姿勢につながり、その方法論が旧体制を
維持しながらか、新規の政権でいくかに
分かれた気がします。
勝海舟や榎本武揚たちは幕臣であるという
立場で、自分の忠義を守り通したという
ことになるのかなと思います。
結局みんな攘夷は無理、ということが
わかってそれぞれの改革路線に分岐し、
最終的には薩摩や長州の倒幕が力勝ちした、という結論かなと思います。
260年の時を超えて関ヶ原のリベンジを
果たした、ということを考えたら
面白いですよね。
その一方で土佐藩の山内家は藩祖山内一豊の戦国時代から時流に合わせて常に勝者の
側にいた、というのは面白いですね。

投稿: rin2@ひさぽん | 2010年2月 7日 (日) 22時21分

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