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2014年9月21日 (日)

軍師官兵衛「紀井谷の悲劇」「追い込まれた軍師」

2週分です。さて、九州。

反乱を起こした宇都宮軍を追い詰めた長政ですが、逆に罠にはめられ家来が討ち死に。

叱責する官兵衛は「よく考えろ」と。

小早川、安国寺の名だたる名将の前でその地の利を使った策を献案し、とりいれられます。

そしてやがて宇都宮軍を追い詰め、有利な条件での和睦に持ち込みます。しかし、秀吉は一旦逆らったものを許すなとのことで宇都宮討伐を官兵衛に命令。

折しも佐々成政が肥後で一揆を起こされた責任で謹慎中のこと。

どんどん権力者の面が強くなっていく秀吉の命令に逆らうことはできず、長政が宇都宮一派を討伐します。

これが、わたしの生きる道、ってな感じになってまいりました。

そして官兵衛は秀吉の海外進出の野望を聞かされます。諌めようとする官兵衛ですが、秀吉は立ち去っていくのみ。

一方で元建礼門院な茶々への執着で城をプレゼントしようとしてしまう秀吉。
ねねもその傾向にすこし危機感を感じております。

そこへ家康から官兵衛への忠告。

次に天下を取る人物は、官兵衛だと思っている、との秀吉。
これは危険通牒ほかなりません。

せっかく苦労してとった天下がこんなことになっていくとはってな感じです。

茶々が小悪魔的な感じですねえ。そして今更ながらに秀吉・家康・千利休が同じ画面に映っていると

・・・濃い・・・

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2014年9月18日 (木)

九州の旅と久住山登山

今月は2回も旅に出ております。

昨年も出場した小倉競馬場リレーマラソン。
今年も参加です。

そしてみんな相変わらずの現地集合・現地解散。(笑)

わたしはというと、天気もいい三連休なので、
マラソン前にすることはひとつ、

登山!

そして珍しく職場の後輩Hさんが登山ウェアをせっかくそろえたので、一緒に山に登ってみたいとのことで、超久しぶりに単独ではない登山でした。

で、一番小倉に近い九州の百名山ということで人気の久住山へ。

そして阿蘇へサイクリングに行くという先輩に別府から登山口まで車に乗せてもらい、長者原の登山口へ。

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流石人気の山の休日は人がいっぱいでした。

坊がつるを見下ろして

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なんかガスの出てるところを越え

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登頂!

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人がいっぱいだああ~

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眺めは最高!
前に登った羅臼に似てる山容でした。

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登りは9時40分~13時30分くらいなので4時間の行程です。
1700mといえど次々と変わる風景がよかったです。
何より人が多いのが安心。クマも心配せんでよろし。

それにしても九重連山はだだっ広くてどれがどの山やら分からずでなかなか久住山もわからんかったですたい。こんなこと初めてでした。

そして翌日はマラソンです。

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晴天でよかったんですが、砂地の足場は悪く、体力を奪われました。。。
それでもなんとかみんなで無事にゴール!

そして参加メンバー女子(?)で熊本まで観光。
マイナーな人吉まで。

目的は、温泉と日本三大急流の球磨川下り。

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朝から雨がぽつりぽつりでしたが、無問題だそうで。

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90分の船旅ですが、すげえ水しぶきの攻撃にあいました。
TDLのスプラッシュまうんてんみたいなもんですYO!
同行者は大量に攻撃を受けてました。いやーすげえ。

そんな感じでアウトドア満載の九州周遊の旅でございました。

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2014年9月 7日 (日)

軍師官兵衛「試練の新天地」

九州を平定したものの、秀吉はバテレン追放令を出します。

しかし、信仰することだけは許す、とのことでキリシタンである官兵衛や小西行長は特におとがめなしになります。

しかし、布教できないことに対して反対する高山右近は、その信仰に順じて国外退去の道を選びました。

そして黒田家の国替え。

先祖代々の土地を移りたくない宇都宮一族はそのまま豊前の国に居座ってしまいます。力で制するべきだ、との長政たちですが、じっくり時間をかける方針の官兵衛。

やがて力で肥前を抑えていた佐々成政は一揆をおこされてしまい苦労するはめに。それの助っ人にかりだされた官兵衛と小早川隆景。

その間を縫って宇都宮勢が攻めはじめます。

一度は官兵衛によって一気に攻め入ろうとする長政達を抑えましたが、隙を見せた瞬間、長政が攻め込みにいってしまいます。若いとどうしても攻めの姿勢になりがちで、おっとり待つ父の方針に待ちきれなくなってしまうのは仕方ないですが。

朝鮮攻めフラグも見せ始めた秀吉と官兵衛の亀裂も徐々に表れてきます。

そしてあいかわらず不気味な家康。

北野の大茶会はちょっと話が出てきたので映像化してほしかったですが。。。

予算的にはしんどかったのでしょうかw

あ、一度は退場の危機にあった光の侍女おふくさんが結局お供してくれることに。
ベテラン女優の阿知波悟美さんの存在感は名脇役の鏡です。

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2014年9月 6日 (土)

羅臼岳登山と道東の旅

なんとかやっと夏休みをとりまして、久しぶりに北海道へ。

世界遺産の知床半島と釧路の道東の旅でございます。

最初は青春18きっぷを駆使して電車で北へ渡ろうとしましたが、あまりにも時間がかかりすぎるため、断念。飛行機で2泊3日で行くことに。

何度も言いますが、私、飛行機が大の苦手なのでございます。(‐‐;

関空を出発して女満別まで。

そこから網走等を経由しながらバスで2時間ちょい、知床の玄関口のウトロへ向かいます。

さすが、最果て感が漂います。

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遊覧船にのって90分ほど、半島を海から眺めます。
有名なカムイワッカの滝。

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心なしか海鳥の声が大きく、平日なので人が少ないせいかしらん。

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知床連山。次の日に登る予定ですたい。海から突き上げてる様子がよくわかります。

そんな感じで途中、自転車を借り、宿へ。

そして翌朝、6時に羅臼岳の登山口、岩尾別温泉へ自転車で向かいます。片道15kmだそうで、登山する前に体力をしぼりとられます。【><。】
というのも登山口までのバスの便が9時頃発しかなく、帰りのバス便も早いのです。登山にかかる時間も実際に登ってみないと分からないため、朝早く出発するには自転車しかないという。そして登山口までかなりのアップダウン。

↓こんな感じで登るわけですよ。。゚(゚´Д`゚)゚。

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え?レンタカー?、タクシー?何それ?(゚∀゚)
途中に同じようにチャリで峠をせめる外人のおっちゃんに会いました。彼は反対側の羅臼へと向かっていきました。大荷物だったんで、長旅でしょうねえ。

途中でキタキツネに会ったり、睨まれて逃げられたりしながら1時間半。なんとか到着。

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ホントに地の果てだよ・・・。ぜえぜえ。

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ここは世界有数のヒグマ生息地。出発直前に羅臼岳登山をテレビでやってまして、思いっきりヒグマさんを目撃していたので、クマ対策が必要の登山になります。クマ撃退スプレーを借りようと小屋番さんに尋ねるも、

「今年はレンタルやってませんねん。」

Σ(゚д゚lll)ガーン

一瞬止めようかと思いましたが、登山届を見ると他の登山客が平日にもかかわらずけっこうすでに山入りしてるので、途中誰かに会えるでしょう、とのことで鈴とホイッスルを装備し、7時半、出発。

登山道はよく整備されていて、本州のアルプス系と比べると歩きやすいです。

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高度を上げるとオホーツクの海がよい眺めだす。

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((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

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水場もありますが、北海道はエキノコックス汚染の恐れがあるので煮沸しないと飲めないのがつらいところ。

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3時間ほどかけて、羅臼平に到着。この直前あたりで、やっと団体さんに追いつきました。
ここまで一人だったので、かなり怖く、安堵いたしました。

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山頂がみえましたよ。

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登って振り返るとこんな風景。北海道の山って感じですねえ。

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岩場があるので慣れてないと大変かも。
中級者向けの山と言われる所以ですね。

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石清水なんてのもありまして、これはこのまま飲みました。

うま~い!

そして4時間ちょいで山頂です。

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どーん!

1700mにも満たない高さですが、流石北海道、天気がよくて写真ではわからないのですがとても風が強く、9月に入ってるのでとにかく寒い!山頂にあまり長居はできませんでした。絶景をしっかり目に焼き付けて早々に下山。

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なんか、「異国の」島が見えますなあ。。。。

下山後は再び15kmのアップダウンを自転車でウトロまで帰りました。登山よりこっちのほうがしんどかったですたい。

で、休憩に立ちよった知床自然センターでフレペの滝を見学。
散策路を歩いて見に行くところなんですが、往復2kmあるやんけ!
。゚(゚´Д`゚)゚。
登山帰りにはきっつい距離です。微妙にアップダウンもあるし。
どこまでも体力をそぎ落としてくれる知床です。

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別名、乙女の涙、だそうな。

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鹿せんべい待ち?

そんなこんなでなんとかウトロの街に帰りつき、斜里の町へ移動。

翌朝は釧路まで電車の旅です。100km以上だと途中下車ができるので、摩周湖にも立ち寄りました。

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霧がないやん。

900草原で牛さん。

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そして釧路湿原。

電車が2時間待ちという不便さよ・・・。

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はるかかなたにタンチョウもいたそうです。

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そして釧路では、和商市場の名物、勝手丼。

御飯だけ買って、おかずをのせていってもらって好きな海鮮丼を食べられるというものですたい。ボタンエビとうにが甘くておいしかったです♪

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北の国での唯一の贅沢でした。

ちなみに摩周でもチャリに乗り、総計40kmはいったんじゃないでしょうか。(笑)

体力の限界にチャレンジした旅でした。

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2014年9月 4日 (木)

軍師官兵衛「秀吉のたくらみ」

九州攻めの続きです。

髪型がステキな島津義久でしたが、秀吉軍の圧倒的な軍の数に出家して降伏。
髪型が一気に丸坊主になってしまいましたとさ。
ビフォーアフターのギャップが・・・。(笑)

降伏した島津の処遇をめぐり、石田三成との間に考えの違いも生じてきます。

結局秀吉は官兵衛の意見をいれ、島津の本領安堵を約束します。

しかし、先祖代々の土地を守りたいだけで秀吉についた宇都宮一族に対し、官兵衛とともに国替えを命じるという。

そして宣教師たちの力を警戒した秀吉は、突如バテレン追放、キリシタン禁止に踏み切ります。

どうする、官兵衛?ってな感じですねえ。

この当時の宣教師たちは実際に布教活動だけではなく、アジアやアメリカに乗り出して侵略をしていたこともあったので、あながち秀吉の警戒もただの猜疑心からきているものではないとは思いますね。

そして、そんな権力者としての暗黒面が出てきている秀吉な一方、マイペースかつ秀吉をたててうまく秀吉傘下におさまった家康が存在感をPRしてきています。

次は高山右近の信教と、新領地の統一になりそうですね。

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