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2014年11月25日 (火)

軍師官兵衛「家康動く」「如水謀る」

秀吉死後から関ヶ原前夜まで。

三成憎しの福島、黒田、加藤の仲良しトリオは家康に急接近。

三成もそうですが、このあたりの人たちのつけヒゲが気になって仕方がありません。中の人はおそらくみんなまだ若いから年齢を表現するのに致し方ない演出だとは思うのですが。

とくに三成のちょび髭の細さが

気 に な り ま す。

まあそんなこんなでさっさとおねさんは西の丸を経て家康に大阪城を明け渡し、京都に移り住みます。この人の見切りの良さってのは天才的だと思います。よく淀殿と対立していたように描かれることが多いのですが、良くも悪くも時流を読む目に長けていて、現実的な判断ができたゆえに、豊臣(淀殿と秀頼)を裏切った形になってしまうのではないかと思います。

さて、内輪もめを抑えていた前田利家の死をきっかけに三成を襲った三人組ですが、家康を頼って逃げた三成と、その利用価値を知っている家康のかけひきで、結局引退することに。

そこへ前触れも無く登場している大谷吉継!(゚∀゚)

家康を倒す機会をうかがいます。

これで関ヶ原への道ができました!

ということで黒田長政は家康信者としてもちろん家康につきますが。

主役の官兵衛は自分の道をゆくと宣言。策略を練りに練っていきます。それは今まで小寺の家臣や秀吉の軍師を長年つとめてきた中で、はじめて自分のために動く機会がおとずれたのでございました。

さりげに長政と離縁させられた糸さんがかわいそうでしたね・・・。
でも意外とあっさりとした描写になってたのが意外。

さて、関ヶ原、ですが、官兵衛の最後の大活躍の舞台は九州でございます。

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2014年11月 9日 (日)

軍師官兵衛「如水誕生」「落ちゆく巨星」「秀吉の最後」

ほぼ3週間ぶりの大河感想です。

日曜の夜に予定が入ってしまい、ずっと遅れたままでございました。

3週まとめて。

秀吉に謀反の疑いをかけられ、出家して隠居することで恭順の意を示した官兵衛。

秀吉の周囲からの助命嘆願により、処罰をのがれます。
跡を継いだ秀次の側につくようになった官兵衛。

しかし、秀吉に再び後継ぎの秀頼が生まれ、関白秀次の追放劇に至ってしまいます。ここまで権力者としての分かりやすい堕ち具合になった秀吉も歴史上稀な存在かもしれませんね。余談ですが、摂政関白などと言われる秀次ですが、近江八幡の整備など領主としてはかなり優秀だったそうです。弟の秀長といい、秀吉の身内は実はしっかりした人ばかりだったのに、それを軽んじてしまったのが豊臣家の滅びる原因だったのかもしれませんね。

秀次の連座を免れる条件として、衰えていく秀吉の側に再び低い禄で仕えることになった如水。秀吉の死期を悟り、最後の奉公を、と思ったのでありました。
そしもう一人が、パルム家康。

一方朝鮮や明との和睦交渉がうまくいかないことで再び朝鮮出兵に。

官兵衛も再び海を渡ることに。そのタイミングで官兵衛のよきライバル、小早川隆景が将来を案じて亡くなります。
個人的に大河の主役で見たい人物の一人なくらい小早川隆景は好きな武将です。

そして朝鮮に渡った黒田家ですが、二男の熊之助がこともあろうに自分も出陣するため、後を追い船に乗りますが、それが遭難。生死不明となってしまいます。

数少ない黒田家の男子を失くしてしまった如水夫妻の悲しみは深いものでした。

今みたいに海上保安庁に捜索してもらうことなどできませんからね。。。

さて、とうとう秀吉は体調を崩し、弱った秀吉は官兵衛に天下人としての暴挙を詫びます。軍師として秀吉を天下人に押し上げた官兵衛もまた、その生涯の終り近くでこれまでの記憶とともに楽しかったころの思い出を胸に秀吉との別れの時を悲しむのでありました。

秀吉の退場から、最後の関ヶ原へと話が進んでいきますよっと。

いやーそれにしても悪役な三成と淀殿が気持ちいいくらいですね。

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