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2015年8月23日 (日)

花燃ゆ「薩長同盟!」

今回のみどころ。

・やたら低音でしゃべる桂小五郎。

・お父様の退場。

・高杉さんとうとう吐血。

・赤ちゃんの演技。

・一体毛利の殿は何度「そうせい」を言ったのか。

・坂本龍馬と小田村さんが面会していると、どうしても某タイムスリップ医療ドラマが・・・。

・椋梨さんの退場。

こんなところですかね。有名な薩長同盟の話です。思い出したかのように坂本さん再登場です。

しかし、薩摩と同盟を結ぶ、ということは美和さんにとっては旦那さんたちを死なせた相手と手を組むということ。どうしても心では納得できません。
そこへ、姉からの手紙に描かれていた父上の最後の様子と、小田村さんの許すことで前に進めると言う言葉で自分も前向きに恨みを忘れて歩もうとします。手始めに、興丸さんの小姓には椋梨、高杉、周布さんの親戚筋から推挙することにしたのでした。

えらい力持ってきたなあ美和さん。

てなわけで。

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屋久島宮之浦岳登山と九州の旅(後半)

さて、島から鹿児島へ戻ってきました。

桜島は大丈夫みたいです。

こっから新幹線で久留米まで向かいます。

実は翌日、小倉で声優の神谷明さんのトークショーがありまして。せっかくなんでついでに聞いて帰ろうかということで。来月も小倉へ行くのですがね。(苦笑)

とんこつラーメン発祥の地、久留米でせっかくなので一杯、と思ったら、目当ての店が閉まってやがった!
Σ(゚д゚lll)ガーン

しゃーなしに駅の近くの店で食べました。でも昼ごはんも晩ごはんも結局食べる暇がなかったのでこりゃおいしかったですたい。

さて、翌日。小倉に昼ごろ着けばいいので、久留米からは在来線の旅です。

実は九州は重要伝統的建造物群保存地区がたくさんあるので、距離的になんとか寄れそうなうきは市の筑後吉井を訪れました。

白壁の町並みです。

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街道沿いに白壁の建物がずらり。

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結構車通りも多いので、隙間を狙うのが大変。(^^;

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重伝建の訪問はこれで30地区くらいです。関西より西に多く、東は少ないイメージです。戦国時代以降の大阪を中心とした物流が発展していたからですかね。
といいつつ、大阪の重伝建は富田林だけだという・・・。

さて、ここで電車に乗り遅れるというポカをやらかしました。道を間違えて駅と反対方向に歩いていったというね・・・。九州ローカルは本数が少なく、乗り逃がすと最後、数時間待ち、ということがままあります。
が、運よく次の電車は20分後にあるというラッキーさ!

ということでローカル線の日田彦山線で小倉を目指します。

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鉄ヲタのおっちゃんらしき人も乗っていて、しきりに写真を撮ってらっしゃいました。
筑後吉井から夜明で乗り換え、2時間ちょいでした。
果てしなく続く棚田や里山の日本の原風景を通り過ぎましたとのことよ。

さて、昼に小倉に到着。

会場でトークショーの整理券をもらって、近くのサイゼリアで昼ごはん。
久々に食べたトマトクリームパスタはおいしかったですたい。

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12時から受け付け開始で、行ったのは12時20分くらいなんですが、87番て。
受付開始前から並んでた人がたくさんいるな、こりゃ。
会場は3度目の北九州漫画ミュージアム。(笑)

ここの名誉館長は松本零士氏なんですが、先日、ユネスコの全国大会で講演を聴いたのも何かの縁ですかね。

しばしミュージアムで時間をつぶします。りぼん創刊60周年コーナーの作家さんたちの寄せ書き?コーナーが圧巻!懐かしいですたい。やっぱときめきトゥナイトですよね!

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あとはシティーハンター30周年コーナーだとか。

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で、入場時刻になると整理番号順に入ります。。

なんか年齢層がすげえ。(゚∀゚)
うちのおかんくらいの年配の方たちや子連れ、平均すると40歳前後でしょうか。神谷さんといえば30代くらいまでが一番ピーク時を知ってる感じですかね。

トークショーは2部構成で、月刊ゼノンの編集長と司会の方がそのシティーハンターの魅力について語るトークセッションが30分強、そのあと神谷さんが登場。
写真がNGなんで、様子を紹介できないんですが、ファンの方々のパワフルなこと。わざわざこのために東京から来た人という方もいました。すげえ。
登山のついでに来た私とはちがいますねえ。
神谷さんは歌を交えながら、声優としてのお仕事についての話をされました。
声がすごく通るのとエエ声。
そして場数踏んでるのと、持ち役が多いので飽きさせない構成が素晴らしい!

どうもイベント仕事をやってるとそういう目で見てしまいますねえ・・・。

毛利小五郎の声で、さっちゃんの替え歌は爆笑。
いやーとても楽しかったですたい。
個人的にはキン肉マンの牛丼の歌が聴けたのがよかったですたい。

そんなこんなで大阪へ帰還したのでありました。
夏休みの旅でした。
また来月、九州へ行く予定です。^^

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屋久島宮之浦岳登山と九州の旅(前半)

やっと休みをとることができまして。(といっても2日だけですが。)

大学の時以来、14年ぶりに屋久島へ行ってまいりました。

前に行ったときは大人数で行ったのと、台風直後だったため、百名山のひとつでもある宮之浦岳に登ることができず、縄文杉だけ見た感じだったので今回はリベンジ、ということで。

学生の時は青春18切符で丸1日かけて大阪から鹿児島まで向かったのですが、今回は夜行バスで鹿児島まで13時間ほど。

新幹線とか飛行機とかも考えたのですが、島へ渡る船のタイミングがイマイチだったんで、夜行バスを選びました。

朝、鹿児島の港について、そこから高速船で種子島を経由して2時間半くらいです。

お昼前に島へ到着。レンタカーを予約しておいた2時までぶらぶらしていました。お昼に食べた魚のづけ丼がおいしかったですたい。それにしても以前来たときより観光整備が整っているというか。ただ観光で知られて環境破壊の問題が深刻らしく、しきりに携帯トイレの使用と登山マナーの遵守を呼び掛けているのが印象的でした。やっぱり世界遺産もそれを保護しなきゃ、意味ないですもんね。
あとは平日なのに団体さんや海外からの旅行者がけっこういまして。観光案内所ではスタッフが英語対応中。
日本の離島でクレジットカードはなかなか使えませんぜよ~。(^^;
海外の人は現金をあまり持ち歩かないですもんね。

この日は宮之浦登山口の淀川へ夕方入りし、そこから40分ほど登山道を歩いて淀川の避難小屋で泊まる予定でした。帰りの船を翌日の夕方で予約しており、なんとしても日帰りで登って降りてこないといけないのでございます。早朝から登山をするためには山の中で寝るのが一番、ってことで。(苦笑)宿とってもよかったんですが、朝の3時くらいに出ることになるので、なんかもったいない気もしたので。ケチの本領発揮!タダのものは有益に使うべし。

まだ時間があるので、せっかく借りた車で島をドライブ。

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前回行かなかった大川の滝。水量がすごいですたい。

そして屋久島と言えば温泉がいたるところにあります。
霧島火山帯だからですかね。

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湯泊温泉。いやもう男女の仕切りこれだけ。(笑)

写真だけとって帰ろうと思ったんですが、先客の(多分)フランス人の姉ちゃんたちが入ってたので私も入ることに。外国の人ってこんなん苦手みたいなイメージですが、そんなことはなく。みんなで入れば怖くない!脱衣所の代わりに大きな岩があったので、そこが死角になって見えなくなっております。
いや~ええ湯でしたい。
海を眺めながら適温のお湯は最高です。(´∀`)

そして、そこから2時間弱かけて淀川の登山口へ。山道の対向できない道で怖かったですたい。運転苦手なんでね・・・。

登山口に着いたのは夕方5時前。こっから山小屋まで歩きます。

世界遺産エリアへ突入!

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30分くらいで淀川避難小屋へ。

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見た目より中は広くてきれいです。水場も近くでトイレもあります。
平日だからか、先客は10人もおらずで、広々と使えました。

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流石、世界遺産ということで登山道も整備されていて歩きやすいです。

とにかく早く登って降りてこないといけないので、翌朝は明けきらない5時に出発。

途中でご来光?を迎えております。

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朝焼けってきれいですよね~。

高層湿原の花之江河

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鹿との遭遇とか。(屋久島は鹿とサルが多い。)

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いやーそれにしても登りやすいわ~。
アルプス山系のような急な登りが少なく、緩やかに高度を上げていく感じです。その分、標高の割には歩く距離が長いとは思いますが。

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ただ難点といえば水の多さ。
東京の3倍は雨が降るこの島はとにかく水量が豊富です。登山道に雨水などがどんどん流れており、気をつけないとべしょべしょになりますわ。

そしてさらに早朝ゆえ、朝露をまとう笹が登山道をふさいでおります。
。゚(゚´Д`゚)゚。

BGMはもちろん「朝露」(朝鮮語)で。(分かる人だけ分かって下さいw)

この登山のラスボスはこいつらでしたYO!

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頭から水かぶったみたいでびしょぬれになりました。
そして3時間ほどで登頂!
誰もいない山頂を一人占めだーい!

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が・・・

私が到着した途端、雲がかぶさってきやがりまして・・・。
360度の大パノラマがぁ・・・。
。゚(゚´Д`゚)゚。

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なんとか粘ること20分。

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これくらいで勘弁してやろう・・・。
てな感じで下山です。

下りは登山口まで3時間弱。流石に疲れました。

余談ですが、某百名山ひと筆書きの人がポテチを行動食でお持ちなのを見習って、今回ポテチ持参。かさばらないように袋を移すべきだとは思いますが、塩分補給にもなるし、手軽に食べれるのでかなり有用でした。

12時には下山口にたどり着き、レンタカーの返却まであと4時間。
まだ時間があるので、温泉とドライブですたい。

島は一周する大きな道があっそれに沿って見どころや施設・集落が点在しています。

紀元杉。

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ラムサール条約地の永田いなか浜。

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コバルトブルーのきれいな海です。ウミガメの産卵地なのだとか。

そして温泉は尾ノ間温泉と、前回行った楠川温泉。

どちらも地元の人御用達の温泉ですが、尾ノ間温泉は源泉が湯船の底から噴き出ており、これがあちぃ!Σ(゚д゚)でしたい。
長湯できまへん。

ところで、旅先でも道を尋ねられることに定評のある私ですが、登山中に「地図見せて下さい!」と言われたことが。
どこまでも声をかけられやすいのか。。。

そんなこんなで島をあとに。

後半へ続く。

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2015年8月16日 (日)

花燃ゆ「花となるために」

クーデター終了!

ってなわけで高杉さんの改革派の勝ちです。

さすがのそうせい候も選択をされたわけで、椋梨さんは追放され、そして囚われます。

ドラマの作り話だと思ってた美和さんのもうひとりのお兄さんの梅太郎さんが内紛の解決に迎えて動いてたのは事実だったんですね!

さて銀姫さまは無事に出産され、しかもお世継ぎです。

しかしそんな中、美和さんのお父さん百合之助さんの体調が思わしくないという知らせが。

滅私奉公を条件にお世継ぎの守役として推薦された美和さん。
自分の実家を省みては覚悟を決めて奥に入った意味がない、もし戻ってこれなくなったらどうしようもない、と帰宅の勧めを断ります。しかし、そんな家族想いなところこそ、自分らしいと銀姫に諭された美和さんは、実家に帰宅。

すっかり老けこんでしまったお父さんでしたが、まだまだ気持ちは元気で、そんな美和さんを暖かく迎える杉さん一家でした。

お父さんの言葉に励まされ、再び奥へ戻った美和さんでした。

さて、そろそろ歴史が動き出しますね。

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2015年8月10日 (月)

花燃ゆ「命がけの伝言」「大逆転」

銀姫さまがいい味出してます。

平清盛のときから思ってたのですが、ちょっと高ビーなお姫様役が合ってますなあ。

さて、長州藩の粛清の続き。

小田村さんのお兄さんが処刑されてしまい、本人にもその時期が迫ってきます。

なんとかして助けたい美和さん。椋梨にすがりつきますが、逆に幽閉されてしまいます。しかし、そこは銀姫様の情けで小田村様に会いにいくことができました。

初恋の人に最後の別れを伝えにいく、なんて少女漫画の世界でしょう。ベルばら的な・・・。(ベルばらにこんなシーンはありませんが。。。)

そして最後の希望、高杉晋作さんが立ちあがります!

この辺は主役の勢いです。幕府恭順派を打破すべく、伊藤利助たちとともに軍艦を奪い、萩にまで攻めよせます。

高杉の奥さんは美和さんの機転で奥勤めの女中として紛れて難を逃れます。

さらにこのタイミングでの挙兵と牢屋番さんの機転で小田村様は処刑をまぬがれることができました。

移り変わる情勢に最高決定権を持つそうせい候は一言もしゃべりません!(笑)

椋梨さんが悪役のラスボス感を出している中で果たして高杉軍のクーデターは成功するのでしょうか!?

な感じで引き。

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2015年8月 4日 (火)

須走ルートで挑む富士山登山

さて、とうとう登ってきました富士山。

言わずと知れた日本のシンボル。登山に興味がない人でも一度は、と考える富士山。

しかし、今まで全然行く気がしなかった私。ご来光渋滞やら弾丸登山やら植生の乏しさ、単調なつづら折りの登山道、といい話を聞かないので。

そう、

富士山は登る山ではなく眺める山ですから!

まあ日本百名山のピークハントも40座を越え、一回くらい登っとくか、と気が向いたのがきっかけです。そして箱根の噴火の風評被害と、世界遺産登録による登山者のピークも落ち着いた感じという話を聞いたのも追い風でした。

さて、4つあるメインルートの中から選んだのは静岡県側の須走ルートでございます。

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圧倒的に山梨県側の吉田ルートが登山者が多いそうなので、それ以外の選択肢の中で、樹林帯を歩けて、がんばれば日帰り可能で人が少ない、の理由で須走ルートを選びました。え、ご来光?何それ。(゚∀゚)

マイカー規制のため、登山口までは車で行けず、麓の須走に設けられた臨時駐車場でシャトルバスに乗り換え、30分ほどで5合目の登山口へ行きます。

駐車料金1000円に、シャトルバス往復1600円です。いきなり観光地料金です。

夜に大阪を出て、バスの始発の5時まで臨時駐車場で数時間仮眠をとる予定が、道に迷ってしまい、なんとか到着したのは4時前。さらになんやかんやと準備で結局30分ほど眠っただけで出発の時間になっちゃいましたよ。。゚(゚´Д`゚)゚。

今回心配しているのは高山病でした。今まで登った最高地点が日本2位の北岳で、3193m、対して富士山はそれより600m近く高いわけです。寝不足と疲労が高山病を引き起こす原因なのは分かりきってることで、どうなるかの不安を抱えての出発となりました。

さて、快晴の中、登山口を5時半に出発。

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最初はゆるやかな樹林帯を行きます。人は少ないとは聞いてましたが、それでも南アルプスとは比べものにならないくらいの人との遭遇率。吉田ルートはもっとなんですかねえ。

片道7時間はみておく感じで、昼に山頂に着けばいいやと思い、高山病対策でゆっくりと歩きます。

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聞いていた通り登山道は整備されてて、広く、傾斜も緩やかで金剛山より登りやすいっす!

コースタイムどおりを目標に山小屋を通る度に値上がりしていく販売物を尻目にゆっくり登ります。とん汁が700円代だとう!?

7合目手前あたりからは樹林帯を完全に抜け、富士山特有の荒涼とした砂地を行きます。

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この辺からはご来光を見て下山してくる人がたくさん降りていらっしゃいました。

頂上が常に見えているのでそこを目指してる感はありますねえ。

さて、8合目付近の3000mを越えたあたりから吉田ルートと合流するため、下山者も登山者もどんどん人が増えていきます。そして富士山名物?高山病の洗礼を受けた方々が屍となって道端に座り込んでいらっしゃいます。酸素缶を取り出して吸い込む人もだんだん増えてきて、同じようなペースで登ってた人もどんどんと脱落していきます。。゚(゚´Д`゚)゚。

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え?私?

全然大丈夫でした。ほぼ貫徹に近い状態でもならないということは、体質的に高山病に強いみたいですねえ~今のところは。まあ年食ったらわかんないでしょうが。

でも空気が薄いのだけはどうにもならず、息切れの間隔が短くなります。

9合目以降は一歩一歩が流石につらくなりましたが、なんとか10時半過ぎに山頂の久須志神社に登頂!

のんびりでも5時間とまあまあなハイペースでした。テント持たずで登山道がいいとこんなにも早くなるもんですね。

しかし、ここもすでに観光地、富士山。土産屋や山小屋がたくさんだあ・・・。

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最高峰の剣が峰まではまだここから1時間弱、とのことでそのまま進みます。

旧観測所のところに富士山頂3776m!

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ここも人がいっぱいだあ・・・。

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なんとか合間を縫って撮りました。
(逆光なのが惜しい・・・)

てな感じで目的を達成しましたが、この日は富士山マラソンの日だったようで、登山道をマラソンの格好で駆け上がってくる猛者たちが続々とやってまいります。

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スタッフの自衛隊の人が

「選手通ります~!」

とランナーが来るたびに声をあげます。

いやあすげえ・・・。

そんな人々を尻目にお昼を食べて火口などを眺めて、下山開始。

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下山道は登りと別なのが富士山の特徴ですね。(富士宮ルートは登りも下りも同じようですが。)

この須走ルート、砂走り、と呼ばれる砂礫の道をひたすら下っていくという最高に単調な下山道。おかげで早い早い!勢いつけすぎて転ばなければ、ぐんぐん降りていけます。砂がクッションになり、足への負担が軽減されるのが素晴らしい。ただ苦手な人もいたようで、なかなかうまく砂をさばけず下りにくそうにしていた人を若干見かけました。コツがちょっといる感じです。しかしまあ、砂埃がすごかったです・・・。耳や鼻にまで砂が入ってました。

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結局は1時間半ほどで下山完了!あっという間でした。

30分おきに来てくれるシャトルバスのおかげで駐車場に戻ったのは14時半過ぎでした。

それでも寝ずに富士山を往復した体力的なダメージは大きく、とりあえず山中湖近くの日帰り温泉で砂を落として帰路についたのですが、眠気がなんども訪れ、SAで何度も休憩して、家に帰りついたのは翌日の早朝でした・・・。
事故らなくてよかったですたい。
よい子は決してマネをしないでくださいね。

総合的にみると、普段山に登ってる人にとってはすごく登りやすい山だと思います。
先日の笠新道と比べたらなんと登山者に優しい道なんだと思いましたよ。
また、時間帯もピーク時間を微妙に外れてたのか、人は多かったもののよくテレビで見る渋滞にあわずにすみました。

これから登山をはじめようとする人にとっては高山病対策をはじめ、入門にはもってこいの山でしょう。

まあ一度くらいは登ってはどうでしょう、そんな感じの山でした。

外国人も多かったです。ハングルや中国語の案内看板が勢ぞろいですよ。山小屋の放送まで様々な言語入り乱れ、ですたい。

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