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2016年10月30日 (日)

真田丸「軍議」

五人衆がそろって軍議。

45分間ほとんどが会議のシーン。
舞台劇の真骨頂という感じです。

豊臣家の人々は幸村はじめ牢人衆に牛耳られることを恐れています。だから監視するため籠城を主張します。

幸村は定石を外して討って出ていくことを主張しますが大蔵卿の意向を受けた大野治長の根回しにより反対されてしまいます。

一旦休憩となったときに、幸村は大野の根回しを知ります。
それぞれのキリスト教の布教や家の再興を目指してやってきた明石や盛親。

そんな彼らの望みを聞き、勝たなければ意味がないことを皆に諭した幸村。
説得により秀頼は討って出ることを決断しますが、その夜淀殿の鶴の一声でそれはひっくり返されてしまいます。牢人が裏切るかもしれない、と。

それを告げられた幸村は再び作戦変更を余儀なくされるのでした。

この流れで豊臣家の人々の弱みが明るみに出てきています。譜代の家臣しか信用できないという疑心暗鬼。
それは片桐且元の裏切りから来ているのでしょうか。

一方息子二人が大阪に出陣することになった信之は姉の松に大阪に行って幸村との直接対決を避けるよう頼みます。覚えきれないから書きとめた(笑)信之の願いを松は叶えられるのでしょうか。

次回、真田丸がとうとう作られるみたいです。(´∀`)

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2016年10月23日 (日)

真田丸「味方」

モチーフはサウンドオブミュージックからの太陽にほえろらしいです。

大阪城に入城し、淀殿からの期待を一身に受ける幸村。

総大将にと依頼されますが、そこは後藤又兵衛や元男闘呼組毛利勝永の反発が。後から来た者にでかい顔されてたまるかとのこと。なかなかまとまらない浪人衆をまとめきれない元将軍様大野治長。そこへ総大将へと推されたのは長曽我部盛親。しかし、こわもての顔とはうらはらに自分は気が小さいと言い張るお方。幸村の提案で、5人が部隊長となり、総大将は秀頼になってもらうということに収まりました。

まとまりの無さに不安を覚える内記ですが、幸村は逆にこの自己主張の強さが徳川軍との違いで勝ち目はあると確信します。

一方真田家では、堀田作兵衛が大阪へと向かいます。それを止めようとする信之ですが、すんでのところで手がしびれてどうもできず。それを見逃してくれたと思いこんだ作兵衛たちは真田家を出奔します。
この信之の間の悪さは最強。(´∀`)

一方家康は豊臣はどこかの地方大名へと追いやれればと思っていましたが、不安要素は取り除けと阿茶の局にたきつけられます。

目力の強い嫁にたきつけられた秀忠も大阪へ

それぞれの思惑が入り乱れる中、そして舞台は大阪へ。

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2016年10月16日 (日)

真田丸「入城」

大坂の陣に向けて各地から浪人が終結していきます。

信繁改め幸村も九度山を脱出することに決めます。

村人たちを集めての酒宴の中、警戒を強めた警備の網をかいくぐり、皆で九度山を脱出。しかし途中服部半蔵が登場します。気配を感じた佐助によって襲撃を免れ、逃亡する半蔵。追い詰められて必殺技を出すと思いきや、

押 し 通 る

作戦再びでした。

(´∀`)

伊賀越えが伏線だったとは!(笑)

老人に化けて入場した幸村は懐かしい大阪城に入場し、秀頼や淀殿と対面をはたします。

一方信之ですが手のしびれで調子が悪い状態。二人の息子のどちらに後を継がせるか悩みます。そこへ稲さんがおこうさんの産んだ長男を跡取りにとのひと声が。
普通自分の息子を推すところですが、先に生まれたおこうさんとの子のほうがよいとのことで、信吉を跡取りにすることに決めたのでありました。

次回は大阪の陣のメンバーの本格的登場ですかね。

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2016年10月15日 (土)

真田丸「幸村」

「なんとか官兵衛」

数年前の大河の主役のことをそういうきりちゃんは戦国最強!

今回のみどころでした。

九度山で紐を売ったりしている信繁たちですが、中央の話はほとんど入ってきません。明石が連れて行った廃屋で、信繁の前に現れたのは片桐且元でした。

且元はここに来た大変胃の痛くなる話をします。

豊臣秀頼に危機感を覚えた家康は秀頼が造営した方広寺の鐘の銘文に難癖をつけてきたのでした。その間に入って右往左往する片桐さんがストレスMAX。
ほんまの意味でお局様な大蔵卿にもその対応のまずをいびられ、豊臣家を出奔せざるをえなくなりました。豊臣と徳川の戦が避けられない状況となった今、信繁に味方になるよう説得しに来たのでした。

しかし今の暮らしのままがいいと断った信繁にきりちゃんはいままでの人生、何もやってないやんというように叱咤します。

その言葉に触発された信繁は息子の大介に新しい名前を名乗るよう一文字くじから引かせます。それは九度山村の「村」。父の「幸」と併せて真田幸村の誕生でありました。

史実では真田信繁が「幸村」と名乗った記録がないそうですが、こういう話にしたんですね。

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2016年10月 3日 (月)

仙丈ヶ岳登山

あちこちと旅行に出かけたり、足を痛めてたり、天気が悪かったり仕事だったりで今年の夏はあんまり山に登れてなくて、10月もなかなか行けそうにないので、天気予報がイマイチでしたが、11月のフルマラソンのトレーニングも兼ねて南アルプスに行ってきました。しかもほぼ日帰り。本当は北アルプスの白馬岳を考えてたんですが、9月から雪不足で雪割れがひどく有名な雪渓が登れないということで、日帰りで登れそうな百名山で登ってないところ、ということで仙丈ヶ岳に行ってきました。
「南アルプスの女王」と呼ばれてます。

登山口の北沢峠までは一般車両は通行止め。手前でバスに乗るしかありません。明け方頃バスの出発地である長野県の仙流荘に到着して数時間仮眠。ぽつぽつ雨が降る中、6時発のバスに乗り、50分ほどバスに揺られて北沢峠へ。イマイチな天気でもバスは補助席まで利用で満杯でした。北沢峠は百名山の仙丈ヶ岳と甲斐駒ケ岳の両方の登山口です。10数年前、甲斐駒を山梨側から登り、北沢峠に降りてきたのでかなり久しぶりでした。午後からよくなる予報を信じて7時ちょうどに登山開始。

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券売機は長蛇の列。往復で2600円くらい。
バスのおっちゃんが案内しながら連れてってくれます。

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ここにくるのは前の会社勤めてたとき以来だなあ。
20代前半だったはず。

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ところどころ紅葉が見られました。

旭岳以来2カ月ぶりの登山。
いまだ体調が本調子でないのと睡眠不足、雨のせいもあり、なかなかペースがあがりませんがなんとか5合目には2時間ほどで到着。

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この辺で雨が上がってまいりました。
登山道は他の南アルプスと比べたら勾配も緩く歩きやすいです。
それでも近畿で一番人の登る金○山よりは厳しいですかね。(苦笑)

森林限界をこえた先にはアルプスの稜線が待ってました。
青空も見えます。

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あれが山頂ではござんせん。

こっから気持ちのいい稜線歩きですが、ときどき吹きつける風は秋の風で冷てえ!
ガスが出たり出なかったりの中、さらに1時間ちょい。

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く、雲が惜しいぜよ。
(ちなみにこれは帰りに撮ったもの)

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南アルプスを代表するもう一つの山と言えば甲斐駒ヶ岳。
集中豪雨の中、日本三大急登の黒戸尾根を登ったのに全く展望なしだった悲しい過去が思い出されます。
(ノД`)シクシク

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10時14分登頂!
3000m超えはやはり空気が薄いですね。
この辺まで来るとゆっくり登らないと高山病になります。
他の人が頭痛いとかのたまっておられました。

ガスが残念なことに。しかもラーメン作って食べようと思ってたんですが、着いた途端いやがらせのように冷たい風が吹き付けてきやがった上に水を汲んでくるのを忘れて断念。お昼はカロリーメイトになっちゃいましたよ。
。゚(゚´Д`゚)゚。

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小屋が見えます。

30分ほどガスと闘いながら休憩と撮影してのち下山開始。

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有名なカール地形です。氷河が原因でできるらしい。

来た道を引き返し、12時40分下山。
コースタイムより1時間ほど早かった感じですかね。

1時10分のバスに乗り、駐車場へ帰還。バスにて私の隣の席に座ったお姉ちゃん、よっぽど疲れてたのか、豪快に居眠りして何度か頭突きを食らわせてくれました。
(´ω`)トホホ…
あとで気がついて謝ってくれましたが・・・。
すげえ眠りっぷりでしたよ。

帰りは駐車場の仙流荘のお風呂に入ってもよかったんですが、駒ヶ根の温泉に入って帰りました。ここも10年ほど前に木曽駒と空木の縦走した帰りに寄った懐かしの温泉です。

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こまくさの湯。

懐かしい場所をもう一度訪れた山行でした。

仮眠ちょっとしただけで山を往復したせいか、疲れが出て何度も眠気に襲われ、帰りの運転が一番ツラかったです・・・。

日本百名山はこれで47座目。
もうすぐ半分ですが、残りの後立山連峰以外は関東方面がほとんどで行きにくいところばっかり残ってます。う~ん。もう一度いきたい山も結構あるんですがね。

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真田丸「歳月」

昌幸ロスです。

数週間ですが、もう10年経ってしまいました。

その間、すっかりと浪人生活に慣れてしまった信繁たち。

生活が苦しくなってしまったので、信州名物そばがきを推奨販売したりしますが、うまくいかず。

春ときりの微妙な三角関係の展開や、それまで無口だった佐助の突然の信之ディスリ毒舌全開に唖然とするきりなど三谷節全開。(笑)

そんな暮らしの最中、ルソンへと逃げた秀次の娘たかが登場。サナールというネパールから持ち帰った頑丈な紐を見て信繁はこの手法で頑丈な「真田紐」を思いつき、村長たちにそれを売ることを勧めます。特許は真田のものという条件付きで。

思わぬ収入が入ったその晩、信繁の元へ現れたのは旧宇喜多家の家臣でした。

いよいよ大阪の陣がはじまります。

中央の動きが全く分からないので、視聴者も信繁も「え?」な感じですが。それがこのドラマの仕様なんですね。

あ、母の薫さんが有働ナレで退場。

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