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2017年3月28日 (火)

2016

年度末で内示でましたが、今年も残留。

。゚(゚´Д`゚)゚。

こんな仕事もうイヤだあああ~~~。

と叫びたい。

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おんな城主直虎「さらば愛しき人よ」「おんな城主直虎」

起承転結の「起」が終わった感じですかね。綺麗にワンクールで直虎の家督相続までまとめた印象です。他の大河も大体そんな感じなんですけどね。

今川を裏切った松平につこうとした直親はニセ家康が今川の罠とは知れず、気付いた時にはそれが今川にバレていました。駿河へ呼び出されてしまった直親はその道中で殺されてしまうという悲劇に。先に駿河に申し開きに行っていた政次が裏切ってしまっていたのでした。

このおとわと鶴と亀の三角関係が思いもよらぬ方向へと進んでしまうわけですが。

駿河へ向かう直親が次郎に

「帰ってきたらいっしょになってくれ」

なんてベタベタなお別れフラグでしたけどね。

。゚(゚´Д`゚)゚。

・・・しのの立場は?
まあ帰ってこれないこと前提の話なんですがね・・・。

さらに昨年流行語大賞の候補とも影でささやかれた(?)ナレ死により、おじじさまや中野さん、新野さんまで退場し、井伊家を支えてきた人々がいなくなってしまったのでした。
入れ替わるように帰ってきたのは今川方のうさんくさい近隣領主を引き連れた政次でした。何故生きていた?と問う次郎に政次の答えは冷ややかなものでございました。

直親の遺児の虎松の後見人として政次は今川から推挙されます。
身近な人々が亡くなって、井伊の家すらあやうくなっていく中、悔しさや自分の存在が蒔いた厄災を呪う次郎。
八つ当たりに(?)槍を次郎に壊された昊天さんがかわいそう。。。
しかし、和尚さんの竜宮小僧としてのお前の生き方は?との問いに自らの誓いを思い出すのでした。

決意を秘めた次郎は、井伊直虎と名乗り、井伊谷の領主として政次たち家臣の前に現れるのでありました。

このシーン、放送前の番宣で散々見たので、やっとってかんじでしたね。

今川が悪役やなあ。。。

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2017年3月12日 (日)

おんな城主直虎「桶狭間に死す」「走れ竜宮小僧」

今回も二週まとめて感想です。

1560年といえば桶狭間の戦い。
今川軍の先鋒として井伊軍は参加していたわけですが。
織田軍に敗れ、井伊直盛は戦死してしまいます。
この桶狭間の戦い、織田軍の奇襲というのが世間ではよく知られてドラマでもよく描かれますが、
正面衝突の戦いだったという説もあるようです。
で、喋るのが仕事の中の人なのに殆ど台詞が無く今川義元は討たれてしまいます。
井伊の人々は命からがら逃げかえりますが小野政次の弟も戦死するという事態に。
当主である直盛を亡くしてみな悲しみにくれますが、直盛の妻の千賀さんは気丈に振舞い、この戦で家族を亡くした人たちに慰めの手紙を出していきます。
そんな母の背を見る次郎法師。自分宛てにもあった手紙を読み、父の思いを知ることとなります。

悲しみの一方、直親としのの間に待望の赤ちゃんができました。
よかったですね。

そして小野家と奥山家では戦死した政次の弟玄蕃の妻、なつの処遇についての行き違いが勃発。
夫を亡くした娘を引き取りたいと思う奥山朝利。しかも小野のことを快く思ってはおりません。
玄蕃との間に生まれた子供も小野に人質にされては、と思い込む朝利は政次を呼び出し斬りかります。行き違いで朝利を刺殺してしまった政次は次郎のもとへ逃げます。

小野を日ごろから快く思っていない井伊家一同ですが、次郎が主人公補正でなんとかすると政次に約束し、なつを使いとして井伊家にやり、行き違いによることとしてなんとか事を収めることになりました。
一方桶狭間のどさくさで岡崎に帰った松平元康は今川への反旗を翻し、それに激怒した氏真は、松平の人質を殺していきます。
瀬名も幽閉され明日をも知らぬ命となったことを聴いた次郎は、主人公補正により駿府へ傑山とともに乗り込み、寿桂尼に瀬名の助命嘆願をするのでした。
しかし、願いは聴き届けられず、瀬名の自害が命じられます。
ドSキャラのイメージが強い中の人同士の、大人になってからの初めての御対面はなかなか面白い絵面ですね。(´∀`)
さあ、瀬名の命を食い止められるのか!?
で次回に続く。

今年は史実はあまりつっこまないことにします。
主人公の一次資料が少なすぎるもので創作部分が多すぎるのです。

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丹沢山周回登山

2017年最初の百名山登山は関東の人気山脈丹沢山系に。

積雪期でも危険はなさそうということで、行ってきました。土日は冬でも一杯とのことで休暇をとって平日に登ることに。

夜の9時半に愛車の軽で大阪を出発し新東名高速を経て朝の6時前に登山口である神奈川県の秦野ビジターセンターへ。何度か眠気がおそってSAで仮眠をとりつつでした。寝袋持っていくのを忘れて寒くて目が覚めてしまい、がっつり寝てない状態・・・。

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秦野ビジターセンター。開いてれば売店など営業中らしい。
(これは下山後に撮影したもので閉まってます。)

駐車場も8時から開くらしく、近くのコインパーキングへ駐車。
平日だと1日500円だったので安いです。

さて、さすが平日パワー、早朝は誰もいねえ。(´∀`)
大倉尾根を通って塔ノ岳まで登り、そこから丹沢山をピストンしましたが、これがなかなか厳しい。塔ノ岳は1500mもないんですが、スタートの大倉の標高は300m程。標高差は1200m近くもあり、アルプス並!入口の看板にも
「ナメてかかったら痛い目みるで」(意訳)
と書いてありまして。

睡眠不足で久しぶりのがっつり登山でなかなかハードな山行きでした。

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朝焼けがきれいです。

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・・・急だ!。゚(゚´Д`゚)゚。

天気はいいんですが、1000m付近から解けた雪で道はぐちょんぐちょん。

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途中の山小屋で小屋番のおじさんに声をかけられました。
関西弁が珍しいらしく。百名山以外で関西からここまで登りに来るのはあまりないらしいです。話ついでに昨夜の積雪情報など教えてもらいました。この先鍋割山で名物の鍋焼きうどんを食べることを伝えたら、そこでの作法なども。(笑)

ここからさらに厳しくなった急な登りにへろへろになりながら、塔ノ岳登頂!

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富士山がよく見えます。
天気よくてよかった。(´∀`)
ここまできれいに冬の富士山見たの初めてかもしんない。

休憩もそこそこに、すぐに丹沢山に向けて出発。雪が本格的に厳しくなってまいりました。
コースタイムの1時間くらいでやっと到着!

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遠い・・・

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百名山48座目!

午後になると富士山は雲に隠されてしまいました・・・。

塔ノ岳に戻りそこからまた1時間を稜線のアップダウンを繰り返し、鍋割山へ。
名物の鍋焼きうどんです。

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ここはけっこう人がいました。

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場所が雪山だからなのも手伝って、おいしゅうございましたよ。
山でこれで1000円とはお安い気がします。

さてそこから下ること2時間半。かなり疲れました。
行動時間はゆうに10時間を超えてしまいました。雪でなかなかペースが上がらなかったとはいえ、丹沢山はなかなか厳しかった・・・。

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日が暮れかかる頃、やっと下山。
早咲きの桜が春の訪れを告げてくれてました。

帰りは近くの日帰り温泉「湯花楽」(なんとひなまつりの日で女性はこの日割引!)で休憩し、また大阪まで長距離ドライブ。家についたのは朝でしたよ。
つ、疲れた~。何度も居眠り運転しかけて危なかったです。睡眠は大事です、ハイ。
静岡より東へ運転して行くのは厳しいなあ・・・。

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