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2018年7月28日 (土)

畑薙ダムから光岳リベンジ

7月といえば山の季節!

ということで久しぶりの2泊3日の山行をしました。

実は4月に光岳を長野側から登って雪と足の痛みに耐えられず、敗退したという苦い思い出がありまして、今回リベンジということで行ってきました。

今度は静岡側から登ることにして、テン泊の体力を考え、登山口までは電車とバスで行きました。まずは静岡まで新幹線で行き、そこから夏季限定の登山バスで3時間、畑薙ダムまで。

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数年前にも聖や赤石を登るためにやってきました。

光岳には畑薙つり橋から茶臼岳を経由してのコース。まずはダムから1時間の徒歩が待ってます。これが何気につらい・・・。

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これが吊橋。これだけ見に来る人もいるそうな。200m弱あるらしく、たしかに怖いし、すれ違いはできないですね。しかも風が結構吹いてたもんだから恐怖倍増。
(;゚ Д゚)

ところで、ここへ着いたのはすでに14時を回っており、宿泊予定地の横窪沢まで3時間くらいという。日が暮れるまでに辿りつかねば。

ちなみにこの橋を渡ってすぐに急登!

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ほんとにヤレヤレだよ。ここからは沢沿いの起伏の少ない道を歩いていきます。

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多少不安なつり橋を4つほど渡っていきます。それにしても水がきれいです!
無人のウソッコ沢小屋を通過したら、そこからは急な登りが復活し、何度か梯子を登ってようやっと到着したのが横窪沢。橋から3時間近くかかったのではなかろうか。

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ここを下ると小屋です。

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横窪沢小屋。オーナー一人で切り盛りしてるとか。
流石に南アルプス、人が少なく、テン場は選び放題。3人でした。
トイレも綺麗で沢も近く水が豊富なのでこの山小屋は穴場だと思います。
オーナーがよかったら飲みにおいでよ、と声かけしてくれたのですが、疲れて寝てしまいました。(^^;

翌朝5時に茶臼に向けて出発。こっからが長丁場。なにせ茶臼にテントをデポして、そこから光岳ピストンを考えております。

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横窪沢からはひたすらつづら折りの急な登りが続きます。
久しぶりのテント背負ってのこの登りは応えましたよ。
。゚(゚´Д`゚)゚。

へろへろしながら2時間半で茶臼に到着。

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小屋の前がテン場でここも空いてます。
そして沢もあって水は豊富。
南アはこれがありがたいですね。

テントを張って1時間ほど。8時半にここから水と食料、合羽、念のためのヘッドランプを持って光岳へ出発。コースタイムは12時間程になってますが、荷物軽くしたので10時間くらいで戻ってこれるだろうという計算です。

小屋から20分ほど登ると稜線に出ます。

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聖岳とかがよく見えます。南アルプスの稜線はいいですねー。

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茶臼登頂!

ここからは稜線沿いを登ったり下ったりして易老岳方面へ。

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途中木道ゾーンがあります。

行きは光岳との高低差から緩やかにくだるのですが、帰りは登り返しになることを思うと。

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樹林帯を抜け、枯れ沢の急登を1時間ほど登れば、静高平の水場が待ってます。
枯れることもあるそうですが、このときは2箇所からこんこんと出てました。やはり水場があるのはありがたい!さすがにここまで来ると行動時間は8時間近くになり、へろへろの極み。しかも同じ道を帰らなければならないのが憂鬱。
すれ違う人に小屋泊まりちゃうんかい!Σ(゚д゚)
・・・と突っ込まれました。。。

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木道が現れたら光小屋はもうすぐだ!

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到着!・・・が山頂はまだここから15分ほど。

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横窪沢を出て8時間、やっと辿りついたよ。
山頂は樹林帯の中にあり、ここから10m先に展望台があります。

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あれが光石。

午後になり、ガスってきたので時間もあるのでせっかくですが名残惜しく撤収。
いやーほんと遠かった・・・。

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また易老岳に戻ります。

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ちなみにこれが4月の同じ場所。
雪で埋まってます。

やはり帰りは登り返しがつらい・・・。足も痛くなってきましたし、腹も減ってきました。
豆大福とウィーダーインゼリー、ドライフルーツとナッツでは厳しい。

薄暗くなってきてガスも発生し、間違って仁田岳に登るというボケもかまし。

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18時半になんとか茶臼へ帰還。
あたりは白くて何も見えねーよ!
ヽ(`Д´#)ノ ムキー!!

で、ご飯食べてすぐ寝ました。

翌朝。

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富士山とご来光!晴れてよかった。
茶臼小屋から富士山がよく見えるんですよ。

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ちょっと朝に歩いて上河内岳の麓まで。帰りに温泉に寄ること考えると登る時間がなかったです。いつかは登りたいですね。

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また来たいです。

・・・しかし、季節がらアブが多かった・・・ずっとぶんぶん飛んでくるんでハッカ油とかあればよかったかなーと思いました。

ひたすら下ること4時間で、畑薙つり橋に帰還。

バスの時刻は14時半、到着は11時半前。

一番近くの温泉まで6kmほど歩きましたよ。


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登山者のためにあるような温泉!
下山後の温泉は格別ですわ。

流石にここまで歩くと足も痛くてしんどいのでダムからタクシーを呼んで温泉まで行こうと思ったんですが、携帯の電波は通じず、公衆電話もカード専用と踏んだり蹴ったり。(笑)あきらめて歩いてたら、途中の東海フォレストバス乗り場の人たちが、「テントは置いといてあとで来るバスに乗せとくわ~(´∀`)」というありがたい申し出を受け、温泉までは着替えだけ持って歩くことになり助かりました。冷たいお茶まで頂きありがたかったです!

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鹿刺定食。馬刺しみたいです。

おまけ、静岡おでん。(井川駅にて)

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ちなみに写真はありませんが、名古屋の駅で行きと帰りの2回きしめんを食べてます。

名古屋駅のきしめんはおいしくて有名なんですよねー。
電車に乗らないと食べれないので、最近車で山に行くことが多く、久々の対面でした。

てなわけで登山旅でした。





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西郷どん「西郷、京へ」「禁門の変」

二度目の召喚となった西郷。

相変わらず久光は西郷嫌い。(笑)

しかし慶喜にイモ扱いされ結局は西郷に地ごろと言われたことは当たってました。

慶喜と協力が幕政改革に不可欠であることが分かってはいるので、西郷を慶喜のもとに遣わし久しぶりに再会。

幕政の重職になった慶喜ですが、家臣が自らの身代わりに暗殺されるなど疑心暗鬼になります。

そんなところへ政変で都を追われた長州の桂小五郎が慶喜への対面の仲立ちを西郷に頼みます。京を追われた長州は過激な攘夷を行うため、都に火を放とうとしているという噂が広まっている誤解をとくためでした。

西郷と桂の申し出を引き受けて協力すべきとした慶喜ですが、結局は池田屋事件に発展し、桂の長州過激派を抑える努力は水泡となります。

それは禁門の変につながり、御所警護の役割を担う薩摩は長州軍と戦うことに。
なんとか戦いを避けたい西郷でしたが、長州軍の勢いは止まらず、とうとう戦に参加せざるを得なくなりました。

なんとか大将の長州力をしとめ最小限の被害にとどめようとした西郷ですが、会津藩の合流により、それもかなわず。長州は一網打尽にされてしまうのでありました。

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西郷どん「寺田屋騒動」「地の果てにて」「生かされた命」

しばらく感想飛んでました。

記憶がおぼろげになってきました。(苦笑)

奄美大島から召喚されたはいいものの、命令を無視して過激派の精忠組をいさめた吉之助。しかし結局は止められず、寺田屋騒動につながり、大事な仲間を失います。

さらに命令違反により徳之島、そして沖永良部島への遠島を言い渡されることに。
徳之島では話を聞いた愛加那たちが会いにきて、束の間の家族の再会を果たしますが、それもすぐに沖永良部島へいけとの命令が下ります。

家族と引き離され、吹きさらしの牢に入れられた西郷。しかし、西郷を慕う土持正照の好意や、変わり者の詩人、川口雪峰たちに励まされ、新築の座敷牢に移されました。牢では島の子供たちに読みかけを教え、分け隔てなく人に優しい西郷どんに皆心酔していくのでございました。

一方薩摩では大久保正助が久光の信頼を得、出世していきます。そんななか生麦事件からの薩英戦争がはじまり、薩摩はイギリスと互角に戦い、国内改革の必要性を痛感したのでありました。

そしてようやく西郷の召喚が決まったのでありました。

沖永良部島の座敷牢のいつでも脱出できる感は突っ込みどころ満載でしたね。

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